第9章 もうひとつの視点 〜 4
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そこは閑静な住宅街。そんなところにお寺があって、境内の奥にはたくさんの墓石が立ち並んでいる。その中でも比較的新しい墓石の前に、本田幸一が立っていた。そしてその後ろでは、いつものメンバーが彼の背中を見守っている。
墓参りがしたいと美津子が言い出し、幸喜はその所在を幸一へ尋ねた。
「由子からも連絡があったんだ、彼女の墓に連れてけって……」
そう返して来た幸一へ、どうせならみんなで行こうと幸喜が提案。幸一だけは診療を休まねばならなかったが、後は土曜日ならばオーケーということで、同期会のちょうど一週間前に集まったのだった。
「さてと、これからどうする?」
全員が手を合わせ終え、由子がポツリとそう言った。
「まさかお前、こんな時間から、呑みに行こうってんじゃないだろうな?」
悠治が腕時計を振りかざし、間髪入れずにそう言って返す。
「違うわよ! 美津子がね、これから鎌倉に行くって言うからさ」
美津子は墓参りの後、直美の母親に逢いに鎌倉に行こうと決めていた。そんな話を由子は聞いて、これからどうするのかと聞いたのだった。
「どうせなら、みんなで行ったらどうなのかな?」
「ごめん、今日だけは、わたし一人で行かせてくれない?」
しかし美津子はそう言って、一人でのことを譲らない。
「でも、俺は一緒でもいいんだろう?」
そんな幸喜の声にも、美津子はただただ首を振って答えるだけだ。
「本当に行くのか? 向こうにだって、辛い記憶を思い出させることにもなるだろうし、どっちにしたって、もうとっくに時効だろう?」
二人きりになった改札口で、幸喜は今一度そんなふうに言ってみた。
しかし結果はおんなじで、
「本当に、大丈夫だから……心配してくれてありがとう。でもね、あなたは一時的にしても、彼女が好きだった人なのよ、そんな人と一緒には行けないわ。それに今回は、どんな話になるか予想つかないしね、そんな時あなたに、隣になんていて欲しくないの。とにかくお仏壇に手を合わせて、それからのことは、その時になって考えるわ……」
美津子はそう言い残し、その後すぐに人込みの流れに消えていった。
直美の両親は彼女の死後、最終的に鎌倉方面に引っ越していたらしい。日記帳を手渡された時の包み紙に、そんな住所が書き込まれていたのを由子が偶然見つけていた。
「直美のことを訪ねて来てくれたのは、あなたで、二人目だわ」
そう言って、美津子の前に現れた直美の母は、記憶にある順子ではもはやなかった。
上品な印象はそれでも少しは残っている。しかしまだ六十代、それも前半くらいのはずなのに、さらに十歳は年老いて見えた。まるで化粧っ気のない顔や無造作に束ねられた白髪が、より強くそんな印象を与えるのだろう。
そんな順子が笑顔を見せて、美津子に向けて続けて言った。
「夫は近所のスーパーで、駐車場の警備員をやっていて留守なの。残念だわ、あの人がいたら、きっと喜んだと思うのに……」
週末だけ働いているという稔は、今年の三月に会社を退職。それを期に、彼の実家があったこの土地で家を買い、夫婦二人で引っ越してきた。
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