第9章   もうひとつの視点 〜 2(2)

 2(2)




 鎌倉に行こうと告げた日に、美津子は直美に告げたのだ。

 そんな言葉をこの瞬間に、やっとのことで思い出した。

 ――そしてもっともっと元気になったら、この次こそは、みんなで高尾山に登ろうよ。

 高尾山での思い出を、美津子も直美から聞いて知っていた。だからこそ、心の底からそう思い、直美へそんな言葉を告げたのだった。

「転校してたって、また、みんなで集まればいいなんて言っといて、わたし、完全に忘れてた。自分から言い出したことまで、ぜんぶ忘れてしまっていたわ……」

「それは、仕方がないさ。きっと彼女の方から、連絡することになってたんだろう? 彼女は多分、入院している間は、誰とも会おうとしなかったはずだし」

「その辺はよく覚えてないの。でも、どうだったとしても、また家に行ってみればよかっただけなのよ。そうすれば、ずっと入院していることだって、わかっただろうし……」

「でも、それで会いに行って、彼女が喜んだかはわからないよ。それにどっちにしても、みんなでの高尾山は、彼女にはきっと無理だった……と思う」

 幸一の言葉が、妙に遠くからのように聞こえていた。

「でも本田くんは、一緒に登ってあげたのよね……彼女と、一緒に……」

 ――本田くん、ありがとう……。 

 それは声にはならず、心で微かに響いただけだ。

「彼女はね、ずっと悩んでたんだよ。入院のことを、ちゃんとあなたに伝えるべきかってね。日記にもしょっちゅうそんな感じが書かれてて……でも、鎌倉のことがあって、きっぱり心が定まったんだ。誰にも言わずに入院しようって……」

 病気が悪くなって、入院しなければならなくなった――ではなく、矢野さんはお家の事情で、夏休みの間に転校されました――という方を、彼女は自ら選んだのだった。

「みんなには、入院なんかしていない、元気だった直美の友達でいて欲しかったんだよ。だからあなたにも、病気のことを誰にも言わぬよう口止めをした。俺はその頃、まるで関わりなかったから……」

 ――俺は、彼女が入院してからの、友達だったからね。 

 そんな心の呟きは、美津子の潤んだ眼差しに、しっかり届いているようだった。

「それで結局、彼女は十五歳で亡くなっていたわけか」

「そしてそれを知っていたのは、ずっと本田くんだけだった……」

 そんな悠治と由子の声の後、しばらくは誰も言葉を発しなかった。それぞれがそれぞれの思いを胸に、交わることのない視線を向け続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る