第5章 1994年 〜 4(2)

 4(2)




 『明日からのひと月間、停学期間中は毎日、この病院に通うこと』

 『時間は午後一時からの一時間。その間、指定の場所に居続けなければならない』

 『人の迷惑になること(大きな音を立てるとか)はしてはダメ』

 『それ以外であれば、基本、その一時間で何をしていても構わない』

 

「とにかくさ、同じとこに居ろって言うんだよ。そうしてひと月我慢すれば、全寮制には行かなくていいってね。わけ、わからないだろ? そんなのをさ、いきなり親父が真剣な顔して言ってくるんだ。お袋はお袋でやれやれってうるさいし、今から思えばさ、まあ二人とも、ホントに迫真の演技ってやつだったよ……」

 ひと月間の停学だ。どう考えても暇を持て余すに決まっている。

だから幸一は理由も知らず、その申し出を受けてもいいという気になった。

「言われたところに居りゃいいんだろ? 別にいいさ、そんな簡単なことならやってやるけど、意味、わかんねえよ……」

 そんなことを呟いて、それでも彼は、その翌日からしっかり病院へ通い始める。

そして村上婦長の指示した場所で、午後の一時間を過ごし続けた。

「でも、たった二、三日でいやになってさ、もう止めたいって婦長に伝えたんだ。そうしたら、長い間入院している女の子が居て、その子のために続けて欲しい、ただ寝転んでたっていいからってさ、そう言うんだよ。まあ結局、それが矢野さんだったってことなんだけど、その時はさ、そんなこと教えてくれないからさ」

 そんな話を耳にしても、彼の気持ちは変わらなかった。

なんの意味があるんだと言い放ち、さらに婦長へ食って掛かった。

そうなって婦長は初めて、秀美との話から思い付いたものだと幸一へ告げる。

 兄、優一が入院していた頃、幸一はほぼ毎日病院に顔を出していた。

優一の病状にとって、そんなことがいいことだったかはわからない。

それでも彼は病院を訪れ、横たわる兄の話に夢中になった。

そんなのはサッカーの話題がほとんどで、幸一は次第に聞いているだけでは物足りなくなる。

やがてサッカーボールを持ち込んで、とうとう病院の広場でボールを蹴る姿を見せ始めるのだ。

「そんな幸一くんの姿に、お兄さんはたくさん勇気をもらっていたのよ。そんなのはきっと、お父さんとお母さんも一緒だったと思う。彼女、言ってたわ、あなたと一緒に笑うお兄さんの笑顔に、どんなに救われていたかって……」

 しかしリフティングがそう上達しないまま、優一はいきなり意識を失った。

そして一度も目覚めぬままに、彼は帰らぬ人となっていた。

「ま、あれだな、そんな話を聞いてからだよ。俺がけっこう本気になって、病院に通い始めたのはさ」

 そして停学期間が終わっても、彼は三日と空けずに現れるようになっていた。

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