時のわすれもの

杉内 健二

第1章   同級生 - 1

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 真っ暗な中、あちこちでひそひそ声が聞こえている。三十名ほどの男女がテーブルを囲み、壁に映し出される映像に目を向けていた。それらは二十四年も前の懐かしい写真で、映像が映り変わる度にあちこちから歓声が上がった。そして最後の一枚が大写しにされると、会場中から大きな拍手が沸き起こる。

 砧中央小学校 第九回 同期会開催記念――THE END。  

 そんな文字が消え行くと、一斉に照明が点いて眩しいくらいに明るくなった。

「おい、こんなの作られちゃったら、次回の幹事にプレッシャーだろう?」

「どうしてだよ? 次回だってやりゃいいじゃないか……簡単なことさ」

「そうかあ? そんなプロジェクター、普通だれも持ってないぜ? だいたいそれって、いくらぐらいするんだよ?」

「こんなの今は数万出しゃ買えるよ。何十万もしてたのは、ずっと昔の話だって」

 呆れるようにそう言ってから、男はゆっくりと立ち上がる。それから声を掛けてきた方を置き去りにして、その空間中央へ歩み出ていった。

「えっと、それでは乾杯しようと思います……が、その前に、次回幹事を決めちゃいたいのですが、さて、立候補する方はいませんか?」

 幹事である男はそう言って、三百六十度視線を動かし声が掛かるのをしばらく待った。しかし若干のざわつきはあったものの、どこからも声は出てはこない。

「それじゃあ、これまた恒例ですが、現幹事が次期幹事を推薦するってことで、みなさん、よろしいでしょうか?」

 そんな声に、一斉に拍手が巻き起こる。男は咳払いを一回してから、妙に勿体ぶって辺りをグルっと見回した。そんな姿に、会場の視線が一斉に集まる。そんな中、女が一人だけあらぬ方に目を向けていた。

 ――本当に、大丈夫なのかしら? 

 女はそんなことを思いつつ、前回ここにきた時のことを思い浮かべる。

「どうせ、立候補なんてないんだから、俺たちだけで決めておこうよ。きみもいいだろ? あいつらで……」

 下見でレストランを訪れた時、男が女へそう告げたのだ。そうして今、そんな言葉を思い浮かべて、同じテーブルに座る別の女性に目を向けている。

「それでは次回の幹事は、この会がスタートするキッカケになったお二人、向井ご夫婦にお願いしようと思います! なんたって次回は、この会の記念すべき第十回。つまり、結婚十周年記念ってことになるんだよね……驚きです! 時の経つのは本当に早い!」

 そんな声に、再び拍手が沸き起こった。

 同級生同士が結婚する。九年とちょっと前、そんな噂がキッカケとなって、どうせならクラス会を開こうとなる。それは卒業後十五年で初めてのことで、それ以降毎年、十月の第三土曜日に開かれ続けた。そして今やクラスを飛び越え、同期の会へと進化している。

「異論もないようなので、お二人! 来年はよろしくお願いします! では……」

 乾杯! そんな掛け声と共に、一斉にグラスの音が響き渡った。

 やっと終わった! そんな開放感のある顔を見せ、今年の幹事、本田幸一が席にゆっくり戻ってくる。そこには一緒に大役を果たした坂本由子、そして来年の幹事に決まった向井美津子が座っていた。美津子は戻ってきたばかりの彼に向かって、いきなり唐揚げの刺さったフォークを突き出し、

「どーしていきなりそーなるかな!? ホント、勘弁して欲しいわよ!」

 そう言って、いかにも怒っているんだという顔を見せる。しかし言われた幸一の方は、彼女の言葉をまるで真に受けてなどいなかった。

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