26 惚れた弱みにつけこまれています

 レオンと心を通わせた日の夜。

 時計の針が零時をまわる少しまえに、キャロルは、レオンがいる寝室の扉をノックした。

 扉をあけたレオンは、寝る支度をととのえて立っていたキャロルに驚く。


「どうしたの、キャロル。いま、九輪目を持ってそちらに行こうと思っていたんだけれど」

「そちらのお部屋で受け取ってよろしいでしょうか。お話がございます」

「分かったよ。おいで、お姫様」


 寝室は、メインの照明がついていて明るい。

 キャロルと並んでベッドに腰かけたレオンは、恥ずかしそうに視線を泳がせた。


「本音を明かしたせいか気恥ずかしいな。それとも、そう感じているのは俺だけ?」

「わたくしもドキドキしております。心臓がおかしくなってしまったみたいですわ」


 お互いに恋していると認め合ってから、レオンがより一層すてきに見える。

 彼が視界に入るたび、キャロルの鼓動は高鳴ってうるさいくらいだ。


『好き』と言った回数が見えるという秘密を抱えていたときより、明るみにして謝った今の方が好きで好きでたまらない。

 この気持ちを隠して生活するのは困難なので、いっそ本人にぶつけようと思って寝室を訪ねたのだ。


 キャロルは、シーツに置かれたレオンの手に、自分の手を重ねた。


「レオンさまに、わたくしのことをもっと知っていただきたくて参りました。レオンさまは、わたくしをお姫様と呼んでくださいますが、本当はただの女の子なのです。レオンさまが他の女性を大切にしていらしたら嫉妬しますし、背中を向けて去ってしまわれると寂しいです。切なさのあまり、泣いたりもいたします」


 やきもち焼きの素顔を見せたら、重いと思われるかもしれない。

 けれどキャロルは、レオンに自分の欠点までも受け入れてほしかった。


「レオンさまは、わたくしをお行儀よくて慎ましやかな公爵令嬢とお思いでしょうけれど、すごくお転婆なのです。……お嫌いになられましたか?」

「まさか。キャロルがお転婆なのは、だいぶ前から知っているよ」

「ご存じでいらっしゃったのですか!?」


 見透かされていたとは、青天の霹靂だ。

 驚愕するキャロルの髪を、レオンは愛おしげに撫でる。


「あれで隠しているつもりだったんだね、キャロル。かわいい」

「かわいい、ではダメです……!」


 すばらしい公爵令嬢の自負があったキャロルは、わなわなと震えた。


「シザーリオ公爵令嬢としてあるまじき失態ですわ! 霊廟にねむるご先祖さまに顔向けできません! かくなるうえは、わたくし、自分を鍛える武者修行に行って参りますーーーー!!!!!!」

「はいはい。修行は俺としようね」


 涙目で立ち上がったキャロルをつかまえたレオンは、自分の膝に座らせて髪に頬を寄せる。大型犬が甘えるような仕草に、うっかりキャロルはきゅんとした。


「レオンさま、そんな風に甘やかしたら、修行になりませんわ」

「そう? こうして触れるのは、俺には苦行みたいな幸せ時間なんだけど、キャロルはまだそういう気持ちにはならないかな」

「苦しみと幸せを同時に……?」


 たぶんレオンは、渋ーく淹れた紅茶においしさを見いだせる老人みたいな状態になっている。

 そんな味わい方ができるほど、キャロルは大人ではない。


「申し訳ございません、レオンさま。わたくしには難解です。しかしながら、いずれわたくしもその境地に達するべく、日々修練してまいります!」

「いったん武者修行から離れようか。キャロルはそのままでいいんだよ」

「はい。それでは、このままでおります」


 ニコニコするキャロルの顔を、マントルピース上の鏡越しに見たレオンは、ふうと息を吐く。


「かなわないな」


 まっすぐなところも、努力家なところも、全力で人を愛するところも。

 小柄な体のどこにそんな力があるのかと不思議になるほど、キャロルはいつも全身全霊だ。


「俺も、キャロルへの愛だけは、負けないつもりだけど」

「まあ。わたくしの方が、ぜったいにレオンさまを好きでしてよ」

「俺の方がキャロルを好きだよ」

「いいえ、わたくしの方が」

「いや、俺の方が」


 くだらない言い合いをはじめた二人は、ポーンと鳴った柱時計の音で、零時を迎えたと知った。


「ちょうどいい。九夜目の儀式をはじめよう。ついでに、俺がどれだけキャロルを想っているのか見せるよ」


 レオンは、キャロルの手を引いて、秘密の小部屋のカーテンまで導いた。

 小部屋に入ったキャロルは、周囲を見回したが、うす暗くてよく見えない。


「ここに何があるのですか?」

「十二夜の薔薇。一度ここに安置してから持って行くようにしているんだ」


 丸いサイドテーブルに手を伸ばして、一輪刺しから薔薇をとったレオンは、キャロルに差し出した。


「エイルティーク王国の薔薇にかけて、あなたに九夜目の『尊敬』を捧げます」

「ありがとうございます。お受けします」


 受け取ったキャロルは、両手でつまんで胸元に抱いた。

 みずみずしい茎から、優しいレオンの気持ちが伝わってくるようだ。


「嬉しいです。これが、レオンさまの想いなのですね」

「俺の気持ちはさらに強烈だよ。目にする覚悟はいい?」

「はい。レオンさまの想いを、この目で知りたいです」


 レオンが、そっと壁灯をともす。

 明るくなった小部屋に、飾られていた肖像画の主は。


「わたくし???」


 大きな丸額に、キャロルが十五歳になった記念に描かれた肖像画がおさめられていた。

 その周囲には、ガーデンパーティーに参加した際に画家に描いてもらった小さな頃のものや、ピアノを弾く姿を写し取ったもの、兄と二人で長椅子に座ってポーズをとっている絵まである。


 シザーリオ公爵邸にかざられている絵画と同じものが、なぜか秘密の小部屋の壁を、ぎっしりと埋めていた。


「どうして我が家にある絵画が、こちらにも?????」


「セバスティアンに頼みこんで、複製画を作ってもらったんだ。キャロルが毒におかされていた頃、教会に行けない日は肖像画を見ながら無事を祈っていたんだよ。それ以来、どうもキャロルグッズの収集癖がついてしまったらしくて」


「わたくしグッズ、とは」

「庭に落としていったリボンとか、家庭教師の日誌とか、もろもろだよ。こういうのもある」

「そっ、それは!!!」


 棚の引き出しから取り出されたのは、キャロルの成績表の写しだった。

 レオンにふさわしい婚約者になるために必死に勉強してきたが、はじめのうちは優秀とはいいがたい成績をとっていた。

 それを、全てレオンに知られていたらしい。


 恥ずかしくなったキャロルは、手を伸ばして成績表を奪いとろうとする。


「渡してください! 燃やし尽くしますーーー!!!!!」

「だーめ。これは、キャロルが俺のために頑張ってくれた証だよ。俺の宝物なんだ」

「宝物にするなら、もっと記念になるような物をお渡しします!」

「記念品はいらないよ」


 レオンは、キャロルを抱きしめて、涙がたまった大きな瞳に笑いかけた。


「これからはキャロル自身をもらうから。宝物みたいに俺のそばにいてほしい。小部屋に入りきらないくらい、たくさん愛し合えたら、成績表は燃やしてもいいよ」

「ぐすん。はい、承知しました……」

「では、これはしまっておくね」


 上手くなだめすかされて、小部屋を出た。

 再びレオンの膝に座らされて、髪のうえにキスを贈られながら、キャロルは思う。


(レオンさまには、かないませんわ)

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