24 お迎えは白馬に乗って
シザーリオ公爵邸から、キャロルが脱走した。
レオンは、荒ぶるセバスティアンを公爵家の執事にたくして王城へと戻り、自室の隠し部屋に駆けこむ。
キャロルの行方はまったくもって不明だが、彼女のいる場所は分かる。レオンが贈った指輪が、たえず居場所を発信しているからだ。
棚の引き出しをあけて、水晶に掘られたエイルティーク王国の地図板を取り出し、椅子に座って膝にのせる。
「キャロルは今、どこに?」
問いかけると、黒霧の森の近くで、白い光が輝いた。
「まさか……」
レオンの頭から血の気が引いた。
キャロルは、幼い頃に、噛み木の毒で死にかけたことがある。的確な応急処置と生命力により快復したが、次に噛まれたら命はないと言われていた。
他人の『好き』と言った回数を見てしまったことに責任を感じている彼女は、噛み木の毒で自害を試みようとしているのかもしれない。
レオンは、地図板を懐に入れて走り出した。
「パトリック!」
庭のはしにある犬小屋のなかで伏せていた愛犬は、飼い主である王太子が姿を見せると、すっくと立ち上がった。
二本指を立てて前方に向けてふる『来い』のハンドサインを出すと、パトリックは扉から庭へと出た。
そのまま併走する愛犬に、レオンは呼びかける。
「キャロルが黒霧の森に向かっている。俺が馬を走らせるより、お前の足の方が早い。彼女を見つけて、噛み木から守ってくれ」
庭先で待たせていた白馬にまたがり、門に向かって走る。高速で迫ってくる王太子とパトリックに気づいた門番が、頑丈な扉を開け放す。
白馬とパトリックは、同時に足下を蹴って門をくぐった。
「いけ!」
ワン! と応えて、パトリックは進行方向に走り出た。
黄金の毛並みをなびかせて速度を上げ、曲がり角でもためらうことなく先へ進んでいく。
後方からつづくレオンは歯がゆく思う。
馬の方が足は速いとはいえ、速度を出せるのは広い場所の話だ。
騎乗する人間の重みと、石畳という固い足場、曲がり角が多い町並みという条件下では、軽快に走るのは難しい。
(キャロル、早まらないでくれ。君がいなくなったら、俺は……)
彼女が毒におかされた日を思い出す。
親友のセバスティアンに『このまま死ぬかもしれない』と告げられて、全身から力が抜けた。
どうして彼女が。
あの天真爛漫で、純真で、優しい彼女が、こんな目に。
噛み木に襲われた場面に、自分がいなかったことを恨んだし、苦しみを変わってあげたいと強く思った。
けれど、無力なレオンがキャロルのために出来ることなんてわずかで。
当時は、勉学と剣や乗馬の稽古に追われる毎日だったが、時間をつくっては解毒の泉がある教会におもむき、神に祈りをささげた。
お見舞いの薔薇を、窓辺に届けたりもした。
キャロルが好きな品種は特にトゲが鋭くて、摘むだけでいくつもの傷ができたけれど、かまわなかった。
キャロルが少しでも楽になるのなら、少しでも快復してくれるのなら、レオンは腕も足も目玉も心臓も、何もかもを失っていい。
(キャロル、愛してる)
単なる好きじゃない。
もっと心の深いところで彼女を想っていると、自覚したのはこのときだった。
守りたい。何もかも、キャロルを傷付ける全てのものから。
たとえ、彼女の自由を奪うことになっても――。
ただ前だけを見る。うっすら明るくなり始めた道に目を凝らす。
手綱をふるって大通りを突っきり、小路に入ってからも脇目を振らず、先へ、先へと馬を操る。
通りにひびく蹄の音。通りに渡された王太子の十二夜を祝うフラッグやブーケ。白んだ空。その何もかもが今のレオンには遠く感じられた。
頭のなかには、愛しい婚約者しかいなかった。
泉の湧く教会を過ぎると、前方に人影が見えた。
黒霧の森の入り口に、うずくまる少女がいる。そのかたわらには、先に駆けていったパトリックが寄り添っていた。
「キャロル!」
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