【コミカライズ】結婚前日に「好き」と言った回数が見えるようになったので、王太子妃にはなりません!

来栖千依

1 王太子妃にはなりません

「嘘……」


 シザーリオ公爵家の令嬢キャロルは、婚約者を見て固まった。エイルティーク王国の王太子であるレオンの頭上には、信じられないような文字が浮かんでいる。


『∞』


 数字の8が寝転んでいるわけではない。読みは『無限大』だ。

 これは、数えられないほど大きくなった数値をあらわす記号。数値がカウンターがストップする上限より大きくなった、略してカンスト状態をあらわす記号である。


 十二夜におよぶ結婚式典の、第一夜を明日にひかえた教会には、おおぜいの人々がいる。

 儀式をつかさどる司教や警備にあたる騎士の頭のうえにも、さまざまな数字が浮かんでいるが、カンストしているのはレオンだけだった。


「嘘よ、嘘……信じられないわ……!」


 キャロルは、化粧が崩れるのもかまわずに、両手を頬に当てた。こんな展開は予想していなかった。あふれ出る喜びを、胸に押しとどめられない。


「わたくし、レオン様から、そんなに『好き』って言われておりませんのに!!」


 キャロルにだけ見えるこの数は、誰かに『好き』と伝えた回数なのだ。

 愛してる、離さない、そういった『好き』に近い言葉でもカウントされる。


 だが、キャロルは、四歳で婚約したレオンから、そういった愛の言葉を聞かされた経験がほとんどなかった。

 それなのに、数値がカンストしていると言うことは。


 ――レオンには、他に好きな人がいるということだ!


「よしきた、婚約破棄よ!! そういうことでしたらレオン様、わたくしは実家の領地に帰らせていただきますわ!!!!」

「は?」


 不思議そうなレオンの手をガシリとつかんで、キャロルはブンブンと振った。


「よろしいのですわ。恋は突然に落ちるものだって本で読んだことがありますもの! 婚約者とはちがう方を好きになることもあるでしょう。明日の結婚式典は、ぜひその方とお挙げになってくださいませ!!!」

「どうして君以外と? キャロル。落ち着いて、話をきいてほ」

「こんなときに落ち着いてなどいられませんわ。それでは失礼ーーーー!!!」


 キャロルは、レオンの言葉をさえぎり、ドレスのスカートをつまんで走り出した。後ろで「待ってくれ」と言っていた気がしたが立ち止まらなかった。


(レオン様どうかお幸せに! わたくしは、領地のログハウスで、動物と触れ合ったり、パンやお菓子を焼いたり、星を眺めたりする、のんびりまったりなお一人様ライフを送るので、お気づかいなく!! 好きな方とのラブラブな新婚生活を楽しんでくださいませ!!)


 待たせていた馬車に乗りこんで公爵家に帰りついたキャロルは、使用人たちに命じて旅支度をととのえさせた。


「わたくしが王都にいると、レオン様の恋人が気にされるでしょう。今日中に王都をたちますので、手早くまとめてくださいな。ドレスや宝石は使わないので置いていってかまいませんわ。愛用しているブーツと雨合羽と軍手は忘れずに」

「なんだ、やまかしい……」


 騒ぎを聞きつけて顔を出したのは、目のしたに青黒いクマを作った兄セバスティアンだった。

 シザーリオ公爵家の現当主で、元より生真面目な男。キャロルの結婚式の準備のために多忙をきわめており、過労死寸前のところまで追い詰められている。


「キャロル、お前はいつでもどこでもドタバタと……。明日には王太子妃になるのだから、もう少しつつしみを持て」

「つつしみが足りなくても大丈夫ですわ、セバスお兄様! レオン様には他に好きな方がいらっしゃるので、妃の座はその方にお譲りすることにしましたの!!」

「は? あいつに恋人なんかいるわけないだろう。お前一筋のお前馬鹿だぞ?」


 セバスのただでさえ険しい顔つきが、眉間のしわで凶悪になる。

 王太子のことを何も分かってないな……と、キャロルは、ふふんと鼻を高くした。


「レオン様の親友であるお兄様も知らないとは! よほど大切になさっているのでしょうね。気づけてよかったですわ。今朝、いきなり数字が見えるようになったときは、どうしようかと思いましたけれど。きっと、レオン様を幸せにするために行動しなさいと、神様が力を宿してくださったにちがいありません!」

「数字ってなんのことだ」

「お兄様は……」


 キャロルは、セバスの頭上を見て、残念そうに首を振った。


「かわいそうに。手遅れですわ……。シザーリオ公爵として、三ケタはどうかと思いましてよ。女性に愛の言葉ひとつ言えないから、いつまで経っても縁談がまとまらないのでしょう。公爵家が断絶するかもしれません……」

「大きなお世話だ。それに、結婚前日に婚約破棄なんか通るか! 今から支度するから待っていろ。お前といっしょに、王太子に頭を下げにいく」

「行くならお兄様お一人でどうぞ! わたくしもう出発しますので!!」


 侍女に呼ばれたキャロルは、馬車に飛び乗って、白いハンカチを振った。


「お兄様、ごきげんようーーーー!!!!」

「待てこら、逃げるなキャロルーーーーー!!!!!」

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