第2話悪役令嬢 カメリア・スピネル
私はこの世界に来てから、この日を心待ちにしていた……
「初めまして、私はカメリア・スピネルと申します。お義母様、ジェイデン様、どうかこれから家族として仲良くしてくださいね」
最初の印象は大事だからと、この日を迎えるにあたり、私は挨拶のシュミレーションを何度も行ってきた。
そう、私の名はカメリア・スピネル。
乙女ゲーム『ジュエリー☆プリンス ~恋の輝きは君だけの為に~』のたぶん悪役令嬢……だ、と思う。
何故 ”たぶん” なのかと言うと、私には前世の記憶がそれ程残っていないからだ。
前世での私は、たぶん大人で、たぶん女性で、たぶんジュエリー☆プリンス ~恋の輝きは君だけの為に~ が大好きだった。
それぐらい曖昧な記憶しか残っていない役立たずの記憶もちだけれども、たった一つ鮮明に覚えている事が有る。
それがジェイデン・スピネル様。
今日私の義理の弟になった、私の愛しい人……そう、推しメンだ。
私がジェイデン様の記憶を取り戻したのは三歳の時、そう、あれは母の葬儀の日の事だった。
私は生まれた時から前世の、たぶん大人だった記憶が曖昧ながらあったため、泣かない、笑わない、ぐずらないといった可笑しな乳児だった。きっと周りの者達は気持ち悪かった事だろうと思う。
その当時の私は転生したばかりで感覚が可笑しく、自分が赤子だと理解できていなかったように思う。
きっと今ならばもっと上手く立ち回り、可愛らしい赤ちゃんを演じる事ができただろう。今更ながら反省だ。
それでも母は私を愛してくれたように思う。
ただ残念ながら母は産後の肥立ちが悪く、私を産んでからはほぼ寝たきりだった。
それでも毎日乳母に連れられては母に顔を会わせて行くと、感情のあまり出無い可笑しな私でも娘としてとても可愛がってくれた。
そして三歳の時そんな優しい母は亡くなってしまったのだが、その時始めて私は自分のフルネームを知って衝撃を受けた。
カメリア・スピネル。
そう、前世の乙女ゲームの中で私の大好きな推しメンだったジェイデン・スピネル様の義理の姉となり、彼を苦しめる憎き悪役令嬢……まさにその名前だったからだ。
その日のショックが大きすぎて、私は一週間寝込んでしまった。
三歳の幼児が食欲もなく寝込むことは、周りの皆に、そして妻を亡くしたばかりの父親にとても心配を掛けた。
使用人達は皆私が母を亡くしたことにショックを受けているのだろうと思って居たようだったが、私的には大好きなジェイデン様をこれから悪役令嬢として虐めなければならないのかと思うと、苦しくって、辛くって、このまま天に召されたいぐらいの心境だった。
けれど、ある晩ふと気が付いた。
別に虐めなければ良いんじゃないかと……
何故ストーリー通りジェイデン様を虐めなければならないのかと……
そう思いつくと、ジェイデン様と義理の姉弟になれる悪役令嬢のカメリアは、私にとって最高のポジションであり、学園に入学してからしか出会えないヒロインよりも、よっぽどいい立ち位置だと気がついた。
ショタの頃のジェイデン様を拝見することが出来るなど、ジェイデン様推しとしてはこの上ない幸せで、出会いの瞬間が来る日を心待ちにする様になったのだ。
けれどそのままぼんやりとはして居られなかった。
何故ならゲームの世界で最高峰の美と優秀さを併せ持つジェイデン様の義理の姉になるのだ。私自身が情けない女では恥ずかしい。
私は自分のレベルをジェイデン様に釣り合うようにレベルアップさせるため、猛勉強に筋トレ、そして剣や武術の稽古も始めた。
悪役令嬢のこの体はとても優秀で、五歳になった今、ジェイデン様の姉と名乗っても恥ずかしくない程のレベルになれたことは間違いなかった。
そして今日、待に待った出会いの日となった。
「カメリア、新しい母上になるマリアとカメリアと同い年で弟になるジェイデンだよ。仲良くしてくれるね?」
「お父様勿論ですわ。私はこの日を楽しみにしておりましたの、お母様、ジェイデン様、宜しくお願い致しますね」
感情が乏しいと言われている私だけれど、第一印象は大事な為、精一杯の笑顔を二人に向けた。
お母様は私に嫌がられるのでは無いかと心配していたのだろう、緊張した面持ちで私に挨拶を返してくれた。
そしてジェイデン様はと言うと……
「ジェイデン・カルセドニーです。よろしく……」
はうっ! 尊い!
少し恥ずかしそうに名乗るジェイデン様は、まさに天使だった。そう、まさにこの世の物とは思えない可愛さだ。
この可愛いジェイデン様がこれからは毎日同じ家の中に居て、毎日同じ空気を吸い、毎日同じ食事を食べ、そして私の頑張り次第では仲良くもなれる可能性がある。
良い! 良いよ! 悪役令嬢ポジ最高でしょう!
私は興奮して叫び出したい気持ちを抑え、二人に近づくと手を取った。
「お母様、ジェイデン様、どうかカメリアとお呼び下さいませね」
ジェイデン様にふっと笑顔が浮かび、私の鼓動はドキンと強く飛び跳ねた。
ああ……この可愛いらしい推しを、私の新しい人生の全てを掛けて愛でて見せましょう!
悪役令嬢として推しを愛でる、そう決意した記念日になった。
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