恋人だけど恋人じゃない
ネオン
初対面
「「僕と/俺と、付き合ってください」」
ショッピングモールにある服屋にて。少し長めの髪を後ろでまとめていて黒が似合っている人目を惹くイケメンと、ロングヘアーでボーイッシュな人目を惹く美女が向き合って立っていた。ゴールデンウィークで普段より人の多いショッピングモールで、たまたま目があった彼らは同時に一目惚れをして、同時に告白をした。
告白というよりも、顔を見た瞬間、つい口から心の声がこぼれてしまった、と表現する方が正しいかもしれない。
彼らは見つめあったまましばらく固まっていた。
イケメンは驚いていた。目の前にいるクールな美女が、俺と付き合ってください、とまるで男性のような低い声で言ったことに。
美女は驚いていた。目の前にいるクールなイケメンが、僕と付き合ってください、とまるで女性のような高い声で言ったことに。
そして、彼らは気づいた。自分が一人称と声を間違えてしまったことに。
しばらくして、沈黙を破ったのはイケメンの方だった。
「もしあなたがよければですが、俺と向かいにあるカフェに行きませんか?このままここにいるわけにもいきませんし」
彼は何事もなかったかのように低めの声で言った。
「そうですね。行きましょう」
美女は何事もなかったかのように少し高めの声で言った。
2人は服屋の向かいにあるカフェに行き、向かい合って席に着いた。無言の時間が続くこと数分、なんとなく気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのはまたしてもイケメンの方だった。
「……えっと、俺はヨルって呼ばれてます。あなたのことはなんて呼べばいいですか?」
「わたしはアサって呼ばれてます。えっと、タメ口でいいですよ」
「わかった。アサもタメ口でいいからな。……とりあえず何か頼むか?」
「そうね、わたしはチョコケーキと紅茶にしようかな。ヨルはどうする?」
「俺はチーズケーキと紅茶にする」
2人は店員さんを呼んでケーキと飲み物を頼んだ。
「アサはケーキとか甘いものが好きなのか?」
「ええ、好きよ。特にチョコが好きなの。ヨルは?」
「俺も甘いものは好きだ。とくにチーズケーキ。食べ過ぎて太らないように気を付けてる」
「わかる。ついつい食べ過ぎちゃうのよね。ヨルは紅茶を頼んでたけど、好きなの?」
「ああ、よく飲む。最近はハーブティーに興味があって調べてるんだけど、たくさんあってどれがいいか迷ってる」
「わたしも紅茶とかハーブティーとか好きで家にいろんな種類のティーバッグがあるんだ。もしよければなんだけど、わたしのおすすめを教えてあげようか?」
「ぜひ教えてくれると助かる」
ヨルとアサはお互いの共通点を見つけたことで話が弾んだ。
頼んでいたケーキと紅茶が届くころには、2人はすっかり打ち解けていた。
ケーキを食べ終わった後、ヨルはアサの目をしっかりと見つめながら口を開いた。
「俺は、アサのことが好きだ。今日だけしか会えないのは嫌だ。俺はアサともっと話したいし、もっと一緒にいたい。だから、俺と付き合ってほしい」
穏やかに、でも、力強い意志を込めてヨルは言った。
少し考えた後、アサはヨルの目をしっかりと見ながら言葉を発した。
「わたしもヨルと同じ気持ちだよ。わたしもヨルが好き。……でも、わたしたちはいつまで一緒にいられるかわからないのよ。会いたいと思ってもすぐに会えるわけじゃないし。それでもいいの?」
「確かにアサの言う通りだ。俺たちが付き合うためにはたくさん考えなきゃいけない事だってある。でも、それでも、できる限り一緒にいたいんだ。俺は、この機会を逃したらもう二度と君みたいな、俺の好みの人に出会えないって思ってる。……初めてなんだ、これほどまでに逃したくないって思えたのは。だからどうか一緒にいられるうちは俺と一緒にいて欲しい」
ヨルが本気でそう思って言っていることは、彼の表情や声から十分すぎるほど伝わってきた。
アサはすこし考えたあと口を開いた。
「わたしもヨルが初めて、こんなに一緒にいたいと思えたのは。今までに何回も告白されたことはあるけど、ひとりも付き合ってもいいって思える人はいなかった。たぶん、ヨル以外にわたしが付き合ってもいいって思える人はいないと思う。だから、わたしは、できる限り長くヨルと一緒にいたい」
真剣なまなざしでヨルを見つめた。そんなアサを見てヨルはうれしいと言って微笑んだ。微笑んだヨルを見て、アサも口角を上げた。しばらくの間、2人は見つめあっていた。彼らはお互いに見惚れて目を離せなくなっていたのだ。
「さて、俺らが一緒にいるためには話さなきゃいけないことがいろいろある。それに、知らなきゃいけないこともな。でも、ここじゃ話しづらいから場所を変えたい。明日、別の場所で会う、とかはどうだ?」
「明日は何も予定はないから大丈夫よ。でも、どうやって会うの?」
「とりあえず連絡先交換しよう。場所はどうする?」
「わたし、いいお店知ってるよ。個室があるカフェなんだけど、駅から少し離れたところにあるんだ。どうかな?」
「じゃあ、そこにしようか。あとで場所送っておいて欲しい。……そうだ、明日会ったときすぐにお互いが分かるようにアクセサリーを交換しないか?」
「いいわよ。あと、確実にお互いが分かるように、会った時に電話すればいいんじゃないかな。そうすれば人違いってことにはならないんじゃない?」
「確かにそうだな、気づかなかった。じゃあ、アクセサリー交換とかはいらないのか……?」
「いや、せっかく提案してくれたからしようよ。わたしはヨルのアクセサリーつけてみたい。ダメ、かな?」
アサは少し自信なさげに問いかけた。ヨルは笑顔で、いいよと言った。
2人は連絡先を交換した後、ヨルは自分のシルバーのネックレスをアサに渡し、アサは自分のゴールドのネックレスをヨルに渡した。そのあと、お会計を済ませて、店を出た。
「ねえ、明日会えるかな?会えたとしても、次はないんじゃないかって思っちゃって……」
アサは不安そうにしている。
「きっと会えるんじゃないか?俺も、明日、アサが俺じゃない俺にあっても一緒にいてくれるかが不安だ。でも、俺たちが一緒にいるためには会わなきゃいけないだろ?今あれこれ考えたってしょうがない。だから、とりあえず明日ちゃんと会おうな」
「そうだね。じゃあ、今日はここで解散かな?」
「ああ、そうだな。また明日会おうな」
「うん、また明日ね」
店の前で2人は名残惜しそうに手を振ってその日は別れた。
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