第2話 サボテン


スライムを倒したと宣っていた冒険者の男をボコボコにしたオレはその男から新たな情報を得た。


大量にEXPを貰えるサボテンがいるらしい。


身支度を整えて早速、そのサボテンの目撃情報がある荒野へ向かった。


目的地に到着後、すぐにキャンプを設営して噂のサボテンを探しに出た。


荒野に生えている普通のサボテンと姿形がそっくりで普段は擬態しているという。さらには身の危険を感じると、とてつもない速さで逃げてしまうらしい。


前回は運良く二日程度で遭遇できたが、今回は長丁場を想定してかなり多めの食料を持ってきた。準備は万端。


少しでも早く、一流の冒険者になるため今回は絶対に討伐してみせる。根気には自信があるんだ。見つけるまで街へ戻る気はない。


そう意気込んでいた矢先・・・・・・


「はぁーーーー」


見つけてしまった。


何もない荒野にぽつんと。まるで本人ごと飲み込んでしまいそうなほど大きなため息をつきながら、体育座りをして、足元の小石をぽつぽつとほおり投げるサボテンを。


なんて悲しげな背中をしたサボテンなんだ。


「ちくしょう、オレなんて」


悪態をつくサボテンをはじめてみた。いや、喋るサボテンも動くサボテンも体育座りしているサボテンもはじめてだけど。


しかし、これはチャンスなんじゃ?


まさに千載一遇。


今サボテンから数メートル後ろにある岩の陰に身を隠している。


気づかれぬよう、背後からゆっくりと近づいて一太刀。メタルのスライムのように固くて攻撃が通らないなんてこともなさそうだ。いける。


背中に携えた剣を慎重に引き抜き、細心の注意を払って岩陰から出る。


剣を上段に構え、乾いた地面が音を立てぬよう、一歩ずつ近づく。


(よし、間合いに入った)


「貰ったあ!」


しまった、思わず口から声が出た。


後ろ、つまりはオレの方を振り向いたサボテンのただ穴の空いているようにしか見えない真っ黒な目と俺の目が合う。


構うな、降り下ろせ。


「あぁ・・・・・・冒険者・・・・・・」


生気の抜け切った高い声。真上から照らすカンカン照りの太陽がサボテンの目尻に光る何かに反射する。


(な、泣いてるのか?)


いや、このままでは同じ轍を踏むだけだ。相手はモンスター。たとえどんな事情があったとしても同情するな。倒すんだ。


「ははっ・・・・・・いいっすよ・・・・・・もう生きる希望もないんで。オラなんて冒険者に倒されちまえばいいんだ。あぁ・・・・・・生まれ変わったら馬の糞になりたい」


(・・・・・・・・・)


「馬の糞になって肥料になって作物とかの栄養になりたい。そしてそのまま土に還りたい」


(・・・・・・・・・・・・・・・)




「どうしたんだよ」


気付いたらオレはサボテンの横に座っていた。


「あれ、いいんすか。オラ倒さないで」


サボテンは目尻の涙を棘の生えた腕で器用に拭いながら尋ねてくる。


「いいよ、話聞いてからでも遅くないだろ」


「話聞いた上で倒す方が残酷な気もするっすねど」


確かにそうだが、どうしてもこのまま倒せる気がしない。


「いいから話せよ、そんな悲しい背中見てられねえよ」


「・・・・・・・・・オラ、振られたんす」


サボテンは俯いて、水分が抜けてひび割れた地面を見つめながら話し出した。


「彼女にか?」


「そうっす。サボ美子って言うんすけど、これがまたいいメスサボテンで・・・・・」


「“ 美”か“子 ”どっちかでよくない?」


「・・・・・・茶化すならいいっす、その剣でスバっと」


「スマン」


思わずつっこんでしまった。謝って先を促す。


「オラたち学生の頃から付き合ってて、今年で六年目になるっす」


うんうん、と相槌をうつ。サボテンに学校があるのか? というツッコミは無理矢理飲み込んだ。


「オレ、学生卒業してからずっとフリーターだったんすけど、最近やっと現場に就職したんす」


「いいことじゃないか、オレら冒険者なんて上位冒険者にでもならなきゃフリーターみたいなもんだよ」


歩合制だし、低ランクのままじゃ回ってくる仕事も二束三文。その日の酒代ぐらいにしかなりゃしない。


「うっす、で、もう六年になるしそろそろ結婚かなって」


「そんで、頑張って貯めたゴールド持ってドンキ行って指輪買ってサボ美子にプロポーズしたんす」


「おお、それで」


「・・・・・・・・・」


急に黙り込んでしまうサボテン。


「・・・・・・断られたのか?」


「ええ、まぁ。でもそれだけじゃなくて」


オレは黙ってサボテンの次の言葉を待つ。


「サボ美子のやつ、他にオスサボテン作ってやがったんす」


「・・・・・・・・・・・・そうか」


なるほど、浮気されていたのか。六年も付き合っててそれは堪えるだろう。


「中々定職につかずにだらだらサボってたから」


「・・・・・・サボテンだけにな」


思わずボソッと口走ってしまった。サボテンの目がこちらを睨んでいる、ような気がする。


「アニキ、何か言いました?」


「いや、何も言ってない。続けて」


「オラとじゃ将来が心配で、それで他のオスサボテンと・・・・・・」


サボテンはまた目に涙を溜める。色々とツッコミ所がある、というかツッコミ所しかないが。しかし、サボテンの話を聞いているうちに段々腹が立ってきた。オレは立ち上がった。


「なんてメスサボテンだ! お前に不満があるなら直接言えばいいだろ、まして別れる前に他のオスに浮気するなんて!」


「アニキ・・・・・・いや、でもオラが悪いんす。アイツ気持ちに気づかなかったんすから」


「確かにお前はサボってた。サボりっぱなしのサボッテンかもしれない。でもお前は六年間サボ美子を大切にしてきたんだろ? そんなお前を捨てて他のオスに行ってしまうビッチのことなんてクヨクヨ考えてないで次のメス探せよ! そんな糞サボテンよりいいメスがいるさ!」


感情のままに語気を強める。種族は違えども同じ男として許せない。


「で、でも・・・・・・サボ美子はオレの全てだったんす」


「それはお前が狭い世界しか見えてないからだ。ここを見ろ」


オレは辺りの荒野を指す。


「この広い荒野に、広い世界に可能性はいくらでも転がっている」


「ほら見ろ、あのサボテンなんてどうだ? 美サボテンじゃないか?」


近くに見えるサボテンを指して言う。


「あれは、普通のサボテンっす」


「そ、そうか。ならあれは? 腰の辺りがキュッとしまってセクシーじゃないか?」


「あれはオスっす」


サボテン面倒くせえ! 見分けつかねえ!


「なんでもいいから他を探せ! そんなメス忘れろ」


「オラみたいなサボテンと付き合ってくれるメスなんていますかね・・・・・・」


いじいじと腕の先に生えたトゲとトゲを擦り合わせている。


「馬鹿野郎。お前はかっこいいよ。 目は黒いし体は緑色だしトゲはめっちゃ尖ってるしサボテンだし」


「ア、アニキ・・・・・・!」


「ほら行け、今すぐ!」


「い、今っすか?」


「こういうのは早いうちがいいんだよ。他のメスが見つかればサボ美子なんてそのうち忘れて笑い話になるさ」


「う、うっす! アニキありがとうございます!」


勢いよく立ち上がったサボテンが深々と礼をする。


「気にすんな! 行け!」


「うっす! オレ、絶対サボ美子よりいいメスサボテン見つけるっす!」


サボテンはそう言って荒野に駆け出した。途中、何度も振り返って礼をしながら。


オレは清々しい気持ちと共に、一体何をしているんだろうと思った。


つ、次こそは絶対倒そう。



オレはその場から立ち去った。

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堅い決意と叶わなかった初恋の記憶を獲得した。

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倒したらめっちゃEXP貰える敵が倒せない あの人 @wakaba0406

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