第4話 酒飲み大我の料理配信

 

 少し遅い昼食を終えた二人は、夕方からの料理配信に使う食材の買い出しにスーパーへと向かった。普段から使っているスーパーなので新商品が入荷した際には、次の配信に何か活かせないかと思案するのも二人の日課だ


 生活が苦しい訳でもない二人がスーパーを利用するのは、一般の家庭では使わないような調味料を、なるべく配信では使わないよう気遣っているからだ。


 意気込んで材料を用意した所で、自分の住んでいる地域で買えない物などが使われていると視聴者側としては一気にやる気が削がれてしまうだろうから


 自分達のように料理を仕事の一部にしている場合は、まだ少しばかりの義務感や楽しみもあるだろうが、特にいつもと変わらない日常を送っている視聴者にしてみれば、手間は少しでも減らしたいと思うのは当然だ。



 そんな気持ちも分かるからこそ、普段から配信で言っている言葉がある

『死ぬまで付き合って行かなければならない"食事"という行為を楽しみたいなら料理を趣味にするといい。そうすれば死ぬまでの毎日に少し楽しみが増えるから』



 様々な趣味が存在する中で、料理は飽きる事が無い。料理をしない人は飽きるというより、諦める人が多いだろう。最近はそういった人を少しでも減らす事が楽しみになりつつあり、SNSに上がる視聴者が作った料理を眺めるのも今では立派な趣味になっている


 今回のピーマンの肉詰めなんかは、家庭によって作るソースの種類が違ったりもするが、そういう時でも海外のレストランで提供されるソースは使わず、ケチャップやソースを混ぜただけの物を使う。



 以前イズミに洒落たフランスのソースで料理を食べさせた事があるのだが、その時には市販のソースの方が美味しいとまで言われた。日本人には日本人用の食べ馴れた味というものがあり、安かろうが簡単だろうが家庭においてもそういった味は大切にするべきだと考えている



 基本の食生活が肉だらけのイズミとは対照的に、大我は野菜や魚が大好物で、それ以上に酒が大好きなのだ。配信の最中にも飲むほど大好きな酒のつまみを物色するのも、この買い物の目的の一つでもある。その日の食事を終えた後の胃の具合を想像し今日のつまみを熱心に物色する。



 頭の中を様々な料理が駆け巡る中で、その手は勝手にマグロのブロックを選びかごの中に運んでいた。結局切って盛るだけのこれが一番美味しくて簡単なのだから仕方ない…そう自分に言い聞かせている間、イズミがアイスを忍び込ませている事に気付いたが、可愛い妹の事だ。見て見ぬフリをしてあげた



 買い物を終え両手に袋を抱えたまま、春の夕陽で暖かくなった帰り道を二人で歩いた


 そこまで近くもない距離を車も持っている二人が歩いて行き来するのは、この往復の時間が大切だからだ。この時間が有るおかげで作業の多い日でも必ず言葉を交わす事が出来る


 これからやってみたい事や、今までで楽しかった事。そんな事を話しているとあっという間に見慣れた風景まで帰ってきている

 もう少しこの時間が続けば良いと名残惜しく思うほどだ。



 帰って来たらすぐに食材を並べ、イズミがカメラを構えるとそれだけで配信の準備は出来上がる。午前中の準備で調味料や食材の分量を書いたテキストも用意出来ているのでスムーズに配信は進む



 特別な調理法は使わずに配信する訳だが、海外で培った技術は全くの無駄なのか?と言われれば案外そうでもない。イズミが満足する程の量を配信しながら調理するというのは、やはりある程度の技術が求められる。そういった面では海外での経験はしっかり活かされているのだ



 如月家のルールは、調理する食材の可食部は工夫して食べるというもの。今回で言えばピーマンの種は肉種に混ぜて食べるとか。そこにパン粉と玉ねぎの粗みじんを混ぜ込み更にこねる。食感を残したいので玉ねぎは大きめにみじん切りにしたが、それだけ水分が出るため少し多めにパン粉を入れる。


 これでかさ増し効果も狙い、代償としてパサパサ感が出てしまうが、気になる人はここにラードを追加投入して肉汁を足してやるといい



 ピーマンにしっかりとひき肉を詰め込み、肉の面を下にして蒸し焼きにしていく。こうする事で油がフライパンに落ち、後のソース作りにも役立つ。中火で4分ほど待てば中に火が通り、蒸されたピーマンもしなっとしてくる


 一度火を止め食材を取り出し、フライパンに落ちた油の中に市販のソースとケチャップを1:1で入れ弱火でよく混ぜ合わせる。この時好みでマヨネーズを入れても美味しくなる


 このソースを焼き色のついたピーマンの肉詰めにかければ完成



「はい、これで如月大我特製ピーマンの肉詰めの完成!」


 彩りにトマトやキャベツの千切りなんかを添えてもいいが、今日はピザを食べ損ねたのでこってりもったりとした口にご飯をかきこみたい気分だ。余計な副菜は添えずこのままでいい



 両手を合わせ今日も食材に感謝し、ピーマンの断面図からはみ出している綺麗な焼き色がついた肉にソースをたっぷりと絡め、一口頬張ってみる


 ぎっしり詰まった肉種を歯が引き裂くと、表面にかかった家庭的なソースと共に、中に閉じ込められた肉汁が口内に飛び込んでくる。その後を追ってピーマンから弾けた果汁が野菜特有の青臭さと、ほんのりとした苦みでただの肉を料理にまで昇華してくれている。こんな簡単な料理でも幸福を感じるには十分すぎる



 今日の肉詰めを十個ほど作り、少し多いかとも思ったがなんのその。ハンバーグとして作ったのなら少し多いと感じたかもしれないが、これがピーマンの魔力だろう。程よい苦みが油を感じさせず、ヘルシーだとさえ錯覚させる。最後の一口を米と共に詰め込みお茶で流し込む



「ふぅぅ…ごちそうさまでした」



 心地よい満腹感に浸りながら額に滲む汗を拭いていると、食後のデザートにアイスを食べていたイズミが大我の食べ終えた食器を台所に運び問う



「今日は切るだけでいいの?」


「ん?…う~ん、なんか漬物でもあれば」


「了解」



 朝昼晩の料理当番は大我だが、夜のおつまみはイズミが作る


 酒を一切飲まないイズミだが一品料理のレシピを大我の為だけに調べているらしく、それは義務感での奉仕ではないと視聴者も知っている。夜のゲーム配信ではよく『おつまみ担当大臣』と呼ばれ度々差し入れを持って現れる。大我も嬉しそうな顔で応対しているが、その笑顔の理由がイズミなのかツマミなのかは定かじゃない



 多くの酒飲みから動画化が待ち望まれている『イズミのおつまみクッキング』だが、喋りながらは面倒だからというイズミによりその要望は棄却されている。



 そして今日もおつまみ担当大臣の手によってマグロの刺身、キュウリと白菜の浅漬けが運ばれてきた。それと同時に缶ビールのタブが開き、逃げ場を求めた炭酸が吐き出されると同時にそれを口元へ運ぶ



 キツめの炭酸が刺々しく口内を刺激し、せかされるように喉奥へと流し込む。眉間にしわを寄せ血中を流れるアルコールを感じる、熱を帯びた目頭はドクドクと脈打っている、誰かが言った"この一杯の為に生きている"とはよく言ったものだ。俺もその意見に同意しよう



「くうううう~!! うんめえええええええ!!!」



 毎度の事ながらよくもそこまで感動出来る…とイズミは呆れた様子で兄を眺めている。一息ついた大我はカメラに向き直りこの後の配信について視聴者に問いかけた



「今日この後どうしよっか、雑談かゲームか。なんか今日はまったり飲みたい気分だから雑談でもいいかな?」



 コメントでも反対意見は見られず、お酒を飲みながらの雑談という事で落ち着いた。食卓からソファーへと移り、深く腰掛けると一度配信画面を閉じて枠を切り替えた


 雑談枠は大我が話している間、隣に座っているイズミはノートPCを抱え作業に勤しんでいる。酒に強い大我はどれだけ飲んでも翌日に引きずらない為、深い時間まで配信が続く場合もある。酷い時には翌朝の朝枠まで配信を続けている事もあり、先に寝ていたイズミに呆れられる事もしばしばだ



 今後の配信の要望を聞いたり、やってみたい企画の擦り合わせなどを話していると携帯の呼び出し音が鳴り響いた。


 発信者の所には"ジョン"とだけ書かれていた。


 それを見た大我の口元は綻び、放送中にも関わらずその着信に応じた



「なんだクソ人間! 配信中だぞ」



 急な刺々しい言葉にも受話器の向こうに居る相手は動揺する様子は無く、逆に大我の表情は少し強ばる


 異国の地からの着信は、想像だにしていなかった事件を告げるのであった。






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