第3話 如月ちゃんねる!!

 


 この兄妹は、皆と同じ様に普通に働くことが出来なかった、人間が嫌いで

 他人とのコミュニケーションを必要としない職業は改めて考えるとそこまで多くはない

 

 現代日本において誰かと関わりなく生活していくというのは意識していても難しい

 しかしそんな社会不適合者でも許される環境、無法に守られている場所が存在した

 

 動画や配信でごった返す情報のプラットフォーム、承認欲求渦巻く彼らの理想郷

 誰かにとっては忌み嫌われるその場所が、彼らにとってはどうしようもなく居心地良かった


 

 * *


 配信は毎日午前7時から始まる。

 これから会社や学校に向かう人間に対しての目覚ましや、これから眠る人達の睡眠導入のつもりで




「はいおはよ~! 如月大我お兄さんだよー!」


「今日も1日ぃ~…元気ぃ元気! に頑張りましょう~!」



 小綺麗に整えられた黒髪と180㎝を超える筋骨隆々な体を大きく動かし、見る人々を魅了する端正な顔立ちに加え、子供受けするコミカルな身振り手振りを交えながら話す彼こそが、このチャンネルの開設者であり後述する妹の兄、如月大我その人だ



「・・・」


「…なんだよイズミ、物言いたげな顔して」


「兄さん今年で24よ…?」


「いいじゃねぇか何が問題なんだよ! 国民的アニメのキャラは放映年数加味されないのと同じ理論だろうが! 夢の世界の住人なんだから現実に引き戻すんじゃねぇよ! お兄さんをよぉ!」


「すっごい早口ね」




 そんな大我を切れ長の鋭い眼光で眺めるのは、実の妹である如月イズミだ。その透き通った白い肌は黒く長い艶やかな黒髪とのギャップで更に映える。その細く長い手足は、椅子に腰かけている今の姿勢でもハッキリと見て取れる

 



 初めこそは二人の整った容姿から目を引いた配信チャンネルだが、今ではこのやり取りを目当てに見ている人が多数を占める。



 あまりにも似ていない性格の二人を兄妹だと信じなかった視聴者からは、どこかの芸能事務所タレントの宣伝だとも思われていたようだ



 しかし、よく見ると目つきの悪さや眠たい時に目を擦る手が猫のようになったりする所に似通った部分も伺え、次第に視聴者も兄妹という事に違和感が無くなっていったらしい



 朝はその日の配信を告知する事が主な目的で、夕方から行われる料理配信の献立なども告知される。主婦や独り暮らしの大学生なんかはその時間帯を目安に食材を買いに出るそうだ


 

 一日のほとんどを配信に当てる二人だが、同じ様な生活をする事で没入感が増し、より配信を楽しめるという視聴者もいるほど。それだけ身近な配信者と思われているのが大我にとっては一種の誇りだった



 また、動画をアップする事もある為、撮影に行く日は通常通りに配信時間が取れず、リアルタイムで楽しみたい視聴者からは落胆の声が上がる事もしばしば…



 ただ、自分達のやりたいようにやるという配信スタイルを公言しているため反発を生むほどではないのだが、それだけ心待ちにしている視聴者が多いという事だろう



 配信の内容は様々で、夕方の料理配信を終えると夜はゲームか雑談配信をする事が多い。


 たまにカラオケ等から歌配信をする事もあるが、著作権保護されている楽曲などを歌い、配信サイトからの警告を無視したせいでチャンネルが一度消された事もある為、そういった面に少し慎重になっている。



「さぁそれじゃあ今日はこれくらいにしようかな。今日の晩御飯はピーマンの肉詰め作るから、後でSNSに材料書いとくわ。そんじゃまた…バイバイ」



 朝の配信は三十分ほどでいつも終わり、それを見終えると視聴者の一日も始まる

 

 一息ついた大我も朝食の準備を始めた。数年前に海外各地で料理の修行をしていた大我はこの家での料理当番を受け持っている。 ただ、食べる担当のイズミは肉以外食べないため、海外で身に着けた技術を使う機会はそれほどない



「朝は何食べる? ベーコン? ソーセージ?」


「ソーセージのベーコン巻き」


「バカじゃないんだからどっちかにしなさい…」



 イズミは主な食事が肉、米、卵という超不健康児なのだ

野菜に対しては並々ならぬ嫌悪感があるらしく、今日の献立である『ピーマンの肉詰め』に対しても未だ納得していない様子で



「だって今日の夕食はハンバーグに緑の植物が寄生する予定だから、タンパク質不足だわ」


「野菜農家の人に謝りなさい。美味しいのになぁピーマン」


「ピーマンって…嫌だわ兄さん。急に下品よ」


「はやく謝りなさいイズミちゃん」



 鉄面皮のイズミも稀にこの様な冗談を言う事がある。 二人はユーモアのセンスも合うらしく、時に視聴者をよそに内輪で楽しそうに話している事も多いが、その内容は時にモラルに欠ける言動も有るので視聴者は肝を冷やす事も多い

 


 自分と同じ事で笑い、それを同じ時間の中で分かち合える事は何より幸福な事だと2人は思っている。それが兄妹の特権だとも思えるのだ



 朝食を終えた2人はそれぞれがPCの前に座り、作業を進めていた。

 

 なるべく休日を作りたくない為、夕方までは今後の配信で使う画面の用意であったり、ネタなんかもこの時間に作る。 今は以前から告知していた自作のゲームを作るために分担して作業を進めているところだ



 大我はテキストを書き進め、イズミは画面にハメ込む画像を書いている。事の発端は、大我の性癖の一つである"おねショタ"というジャンルがエロゲーばかりで、一般向けのゲームを実況する事は困難である事から 「不公平だ!」 と憤慨し自ら作る決心をしたのだ。


 

 女性嫌いの気がある童貞の大我は、女性に対しても自分と同じような清潔感を求めている。その結果なんでも主人公を肯定し、時には年上らしく叱ってくれるお姉さんに甘えたい欲求が有るのかもしれない。



 しかし、年齢を重ねる事で自分がお姉さんよりも年上になってしまった事による矛盾が大我の頭を苦しめ、歪みに歪んだ結果今作成しているゲームでは、お姉さんになりショタを攻略するというショタコン御用達ゲームとなってしまっている。


 如月大我曰く『大人になった俺は年下のお姉さんになって、あの日の自分を追いかけている』だそうだ。

 

 このゲームは自分たちで楽曲、イラスト、ボイスすべてを担当しフリーゲームサイトから配信する予定らしく、収益化なども推奨している。

 

 今やメジャーになった配信者という職業は、ゲームの販売メーカーからの要望で収益化や配信自体がNGな作品も多く、自分達と同じ様な社会不適合者達への救済だと言っている。



 朝の配信から5時間。昼を過ぎたところでイズミのお腹から空腹を告げるアラームが聞こえた。

 

 それまで一言も喋る事なくまじめな様子で作業に打ち込んでいた2人の間に柔らかい空気が戻る



「お昼どうする?どっか食べに行こうか?」



 大我は尋ねるがイズミは首を横に振った。



「動くのが面倒だわ。兄さんが何か作ってよ」



 何か作ると言ってもどうせ肉を焼くだけなので、どこか物足りなさを感じた大我は携帯電話を取り出し、どこかへ電話をしはじめた。通話を終えるとノビをし、イズミに動画撮影の準備を促した。



 長時間の座り仕事で強ばった体をほぐすように、二人はカメラやマイクを設置し注文した商品が届くのを待つ。それから一時間程でマンションのインターホンが鳴った

 


 宅配ピザの制服を着た従業員が三人、両手に抱えきれない大量のピザを台車に乗せこちらの反応を待っている。それを見たイズミの腹はさらに食事を催促した。

 


 玄関ホールまで受け取りに行った大我は『この量を一人で受け取りに来るなんてイタズラだったのではないか』と思われている、怪訝そうな表情をした従業員からピザを受け取ると一礼し、部屋へと戻った。



「嫌そうな顔されちゃった…」


「はやく、はやく…」



 バツが悪そうな顔をしている兄の様子など気にも留めず、手拍子を打ちながらイズミは片手に飲み物を携え、食事の準備を完了していた

 


 急かす妹を尻目にカメラの録画ボタンを押した大我は元気よく挨拶を始めた


「如月ちゃんねるです。今回は食べる事が大好きな妹のイズミが一体何枚のピザを食べられるのか? という動画を撮っていきまーす!」



 大我の口上など気にも留めず、既に一枚目のピザに手を伸ばしているイズミは段取りなど無視して蓋を開けた。

 


 湯気と同時に舞い上がるチーズとケチャップソースの混ざり合った濃厚な香りが鼻腔を駆け抜け、脳の奥深くに直接響いた


 アツアツのピザ特有のふやけた生地を崩さないよう慎重に手繰り寄せ、上に乗った零れ落ちんばかりのチーズを落とさないよう慎重に口へと運ぶ。

 


 熱を帯び、未だ沸々と気泡の浮かぶチーズと、薄くも存在感をしっかりと残したもちもちの生地は口の中でも飽きる事無く何度も咀嚼出来てしまう。

 

 申し訳程度に乗っている薄切りのサラミも、黒胡椒の風味と閉じ込められた塩気でしっかりと存在感を示し、食事をまた楽しく彩る。

 

 久しぶりのピザを食べ満足そうなイズミは一枚、また一枚とピザを頬張っていった。



 しかし、隣でその様子を眺めていた大我は頭を抱えていた。

 

 どうやらイズミが最初に手を伸ばしたピザは、イズミが食べないようにと"バジル多めで"注文した大我のマルゲリータだったらしく、イズミは匂いで敬遠するだろうと考えていたようだが、イズミにとってはピザにおいてのバジルやトマトはソースとして認識されるらしい


 

 合計十四枚も注文したLサイズのピザは、動画時間にして四十分やそこらでイズミの胃の中に納まってしまった。



「…晩御飯食べられそう?」


「今日は遠慮しとくわ。」



 満足そうにお腹をさするイズミを前に大我はカップ麺に注ぐお湯を沸かし始めた

 それならピーマンも食べられるだろうと恨み言を呟きながら


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