第5話

 私が思案している間にも、おねえさんはどんどん私に手を引き進んでいく。

 カンロアメの店はどんどん遠ざかり、開けた場所へと近づいていった。


 元々はこの町の広場だろうか?

 その広場の中心に向かって大勢の人集りができていた。


 群衆の目線の先には、巨大な金属か何かの塊と、下着姿に近い逞しい体つきをした男が一人。

 その少し離れた位置に立っているつば広帽をかぶった男が叫んでいる。


「さぁー!! 次に挑戦するのは!? こいつだァー!! はるばるアーモリから来たという力自慢!! なんと!! ネブターを一人で持ち上げたという男です!!」


 ネブターというのが何か、アーモリが何処かは知らないが、中央に立つ男は見た目通り力自慢のようだ。

 博識なザードあたりに聞けば、どちらも教えてくれるかもしれないが、残念ながら今はいない。


「あ! そうだ‼︎ ブレイブたちを助けにいくところだった‼︎」


 突然本来の目的を思い出し、私は思わず大声をあげる。

 その声におねえさんは振り向き、顔の高さを合わせるように屈んでから、私に聞いてきた。


「ブレイブ? それは誰かな? お父さんの名前? 助けるってどういうこと?」

「えーっと……そういうのじゃなくて……あぁ! もう‼︎」


 相手が納得する説明をするというのは、私が大の苦手とするところだった。

 もう、カンロアメのことはすっぱり諦めて、手を振り解きその場を去ろうとした時、周囲から悲鳴が上がった。


「逃げろー‼︎」

「魔獣だ‼︎ 魔獣が群れになって襲ってきたぞー‼︎」


 初めは何ごとかと興味深そうに声のする方を見ていた人たち。

 そんな人たちは、町に向かって迫ってくる土ぼこりに気がつき、一斉に悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出した。


 私は逃げ惑う人々の波に、飲み込まれないよう、逆行するように土ぼこりが近づいてくる方向へと駆けていく。

 既におねえさんと繋いでいた手は振りほどいていた。


「ちょっと‼︎ 何処へいく気⁉︎ そっちは危険よ‼︎ 戻って来なさい‼︎」


 遥か後方から、おねえさんの叫び声が聞こえる。

 もちろんそんなものは無視だ。


「あんたたち‼︎ いったい何処から来たか知らないけれど、ここから先は通さないわよ!!」


 私は誰もいなくなった広場に一人立ち、迫り来る魔獣たちに向け吠えた。

 魔獣たちは何としてでもここで食い止めないといけない。


 この先には……カンロアメのおにいさんのお店があるから……!!


「おにいさんは逃げれても、カンロアメは逃げられないのよ!! 私は全身全霊をもって、カンロアメを守ってみせる!!」

「ぶもぉー!!」


 既に目と鼻の先にいる魔獣たちは、私のことなどまるで見えていないかのように、速度を下げず迫ってくる。

 あれ? これ本当に見えてないんじゃないかしら。


 魔獣たちは四足歩行の筋肉質の身体付きをしていて、偏平な顔の頭部に二本の巨大な角がある。

 その顔の高さは私の今の背丈よりも上。


 私はできるだけ背が高くなるようにつま先立ちをして、右腕を精一杯頭上に挙げ大きく振った。


「ここよー。ここにいるわよー! 私を見てー!」


 私の精一杯が通じたのか、魔獣たちの突進が緩まる。

 一瞬、相対する私と魔獣たち。


 たしか、バイソーとかダイソーとかいう魔獣だった気がする。

 間違ってても許してもらおう。


 ひとまず、バイソーと呼ぶことにした。

 ザードに会うことができたら、合っていたかどうか聞いてみよう。


 立ち止まり私の方を見つめるバイソーに、私ははっきりとした言葉で告げた。


「あなたたち! 元いた場所に戻りなさい! 私は平和主義者……とは言えないかもしれないけれど! とにかく! これ以上町に入ることは私が許さないわ!!」

「ぶも?」


 私の言葉が通じたのかどうか分からないけれど、群れの先頭にいる一頭が、群れの方を向き、まるで「何言ってんだ? こいつ」とでもいうような声を出す。

 再び私の方を向き、一度鼻で笑うような音を響かせた後、一頭だけで再び突進を開始した。


「あー! このー!! 今絶対私のことを馬鹿にしたでしょー! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからねー!!」


 突進してきたバイソーの角を握り、身体に力を入れて強制的に突進を止める。

 何が起こったか分からないような顔をしながら、バイソーは鼻息を荒らげながら後ろ脚を必死に動かすが、私に抑えられているせいでピクリとも動けない。


「もう怒った! あんたたち、絶対許さないんだからァ!」

「ぶもぉー!?」


 私は角を掴んだまま腕を上に振り上げ、そして再び下に勢いよく振り抜いた。

 腕の動きに合わせて、一度浮かび上がったバイソーの巨体は、そのまま地面へと叩きつけられる。


「ふん! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからね!」

「あ……また言った……」


 突然聞こえた呟く声に、私は声のした方に振り向く。

 目線の先には、先ほどのおねえさんが、柱に身体を隠しながらこっちを見つめていた。


 どうやら私の身を案じて追ってきてくれたらしい。

 ただ、さすがに何も無い広場に来ることはためらわれたのか、今の現状のなっているのだろう。


「おねえさん! 危ないから、そこから動かないでね!!」

「お嬢ちゃん! あなた、何者!?」


 おねえさんの質問に答えることなく、私は未だに動かずにいる、バイソーの群れに駆けていった。

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