第3話【人助け】

「な、なんだぁ⁉︎ 冗談言ってる場合じゃないんだよ嬢ちゃん。危ないからそっち行っててくれ。な? 親はどこだい?」


 建材を必死の形相で持ち上げている男たちの一人が、私に気づき声をあげる。

 しかし私はそんな声を気にすることなく、さらに近づく。


「危ねぇ‼︎ おい、これ以上近づくんじゃねぇって‼︎」

「大丈夫。まぁ、見てなさい」


 私は男たちが持ち上げたままの建材に手を当て、力を込める。

 その瞬間重さがなくなったせいか、男たちはキョトンとした顔つきになった。


 そしてあらかじめ安全を確認しておいた着地点に向かって、その建材を放り投げる。

 重量のある建材は、まるで小枝のように宙を舞い、そして誰もいない空いた土地に土埃を立てながら落ちた。


「な……なぁ⁉︎」

「さぁ、分かったでしょ? あなたたちもそこを退けて。どんどん行くわよー!」


 私は今度は両手を使って無造作に、目の前の建材の山をどんどんと小さくしていく。

 逆に私の後には新たな建材の山がどんどん積み上がっていく。


「す、すげぇ……なんだ? 俺は夢でも見てんのか?」

「あれ、幼女だよな? 俺も頭おかしくなったのかな?」


 横から呟きが聞こえるが気にしない。

 それよりさっさと安全なところに移動して欲しい。


「居たぞぉ!! お頭!! 無事ですか!?」

「……」


 建材を退けていくと、ようやく下敷きになったという大工の棟梁とうりょうと思われるおぢさんが出てきた。

 一昨日まではそんな言葉使わなかったけれど、妙におぢさんという言葉がしっくりくる。


 身体だけじゃなく、思考も少しだけ幼女に近づいているのだろうか。

 まぁ、そんなことは今はどうでもいい。


 これがないということは重篤なのだろう。

 私は残りの邪魔な建材を素早く退けて、棟梁のおぢさんを安全な場所へと移動させる。


「大変だぁ!! こりゃひでぇ……」

「回復師は! 回復師はまだなのか!! これじゃあすぐにでも死んじまうよう!!」


「だぁー!! うっさい!! 大人ならわめいてないでビシッとしなさい!!」


 私は一度顔をあげて一喝した。

 幼女にそんなことを言われるとは思ってもいなかったのか、ひゅっと息を吸い込み、周りの男たちは口と閉じた。


 ざっとおぢさんの状態を確認する。

 体の至る所から出血、意識は虚ろ、おそらく骨も折れているだろう。


「このくらいならへーき、へーき! 死んでなきゃ何とかなるんだから!!」


 そう言いながら私は胸の前で両手を組み、私の信仰する慈母神マーネスに祈りを捧げる。

 私の祈りに呼応するように、おぢさんの身体が淡い光に包まれ、やがてその光度を増していく。


 光が弾けるようにおぢさんの身体の上で踊り、消えていく。

 その度に、出血していた傷は消え、折れた骨が癒えていく。


「まさか……この嬢ちゃん、聖女か⁉︎ こんな歳の聖女様がこの街にいるなんて、俺ぁ聞いたことがなかったぞ?」


 私が聖女かどうか。

 答えは、そうである。


 聖職者のうち、回復魔法を使えるものを特に回復師と呼ぶ。

 さらに類い稀な才能を有し、敬虔けいけんな回復師は男なら聖者、女なら聖女と呼ばれる。


 自慢じゃないが、私は魔王討伐を託されたブレイブたち勇者パーティのメンバーだ。

 聖女の中でも際立った才能を持っていると自負している。


「すげぇ……あんなに酷かったお頭の怪我が跡形もなく消えてら……」

「おい! 拝んどけ! 拝んどけ‼︎」


 慈母神の奇跡を目の当たりにした男たちは、私に向かって拝み始めた。

 辺りを見渡せば、いつの間にか人だかりができていて、その人たちまでもが拝んでいた。


「ま、まぁ。危なかったわね……もう大丈夫だと思うから……それじゃ‼︎」

「あ! 聖女様‼︎ せめてお名前を‼︎」


「名乗るほどの者じゃないわ‼︎ それにおぢさんが助かったのは慈母神様の御業みわざだから!」

「おぉ……なんと謙虚な……さぞ名のある

聖女様なのだろう」


 実は私は目立つのが苦手だ。

 単純に褒められるのが恥ずかしいのだ。


 というわけで、私はどんどん増えてくる人だかりを、逃げ出すように後にした。


「ふぅ……それにしても凄いわね。この身体。ファイより力持ちなんじゃない?」


 ふと声にした仲間のことを思い出す。

 みな実力は確かだが、不安なところもある。


 文字通り身を盾にして魔物の攻撃を防ぐファイは、必然的に怪我をしやすかった。

 普段は冷静なブレイブも、仲間がやられたりすると、身の危険をかえりみず飛び出すこともある。


 魔法が得意なザードは、私と一緒で肉体的には劣っていて、少しの怪我でも命取りだ。

 そんな三人は、率先して私を護ってくれていた。


「全く……誰のためにあの巻物を買ったと思っているのよ」


 私が少しでも強い肉体を手に入れることができたら、三人の負担も減るだろうと思ったのだ。

 そして、結果的に少々見た目は縮んでしまったものの、望んだ以上の肉体を手に入れた。


「私がいないとダメなんだって、今頃困ってるはずよね。しょーがないわね……今から、助けに行ってあげるわ!!」


 私はやることが明確に決まった嬉しさで自然と笑顔になった。

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