No.213:神風
「アジアン・ヌードルハウス、凄いですよね。あっという間に全国6店舗を新たにオープンしましちゃいましたよ。三鷹の1号店をオープンしてから、まだ1年も経ってないですよね?」
「本当だよ。俺もびっくりしてる。この間誠治に連絡したら、全国飛び回っていて忙しいって言ってたし。それにこれからフランチャイズで、当面は全国100店舗の出店を目指すらしいんだ」
俺は目の前の明日菜ちゃんに、そう語りかけていた。
今日8月25日は俺の誕生日で、昨日は明日菜ちゃんの誕生日だった。
明日菜ちゃんは俺のアパートに来て、夕食を作ってくれた。
そして食後には、俺が買ってきたケーキを二人で楽しむ予定だ。
俺はもう26歳、明日菜ちゃんも25歳になった。
気がつけば俺と明日菜ちゃんが出会ってから、7年近くの歳月が流れていた。
相変わらず俺と明日菜ちゃんの交際は、順調そのものだ。
明日菜ちゃんは入社3年目で、今では経理部でも頼りにされる存在になっている。
その美しさと輝きには、ますます磨きがかかっていた。
幸いなことに、変なやっかみとかトラブルとかは一切起こっていない。
やはり社長の娘であることと、社内に恋人がいることをハッキリと公言しているからだと思う。
俺の会社での仕事は、概ね順調だ。
手掛けていたAzoman通販が絶好調、それに伴って既存の雑貨や食品も売上が上がっている。
この分だと今季は営業1課の高級家具と営業2課の雑貨・食品の売上が、殆ど拮抗するぐらいの数字になりそうなのだ。
もちろん俺が担当しているアジア市場からの商品も、この売上にかなり貢献している。
一方で会社としては、いい事ばかりでもなかった。
去年からベトナムの協力工場で生産を開始した自社ブランドの家具。
社長自らフランスのデザイナーに依頼して、テーブルや椅子など数点の生産を開始したのだが……これが驚くほど売れていない。
営業の方も必死に売り込んでいるが、取引先の反応もイマイチとのことだった。
倉庫の在庫の山を眺めながら、倉庫長が「これ、どうすんだ?」とボヤいていたのが印象的だった。
売れない理由は、ハッキリしていた。
国内の廉価帯の大手家具メーカーが、同時期にまったく同じ路線の家具シリーズの販売を開始したからだ。
ヨーロッパの著名デザイナーとタッグを組み、お洒落なデザインの家具を中国で生産し販売を始めた。
アイテム数も多く、価格もうちの会社の製品よりは安い。
しかもテレビCMなどで大々的に宣伝をしているため、どうしても顧客はそちらへ流れてしまう。
まったくタイミングが悪かった。
「いやー、まいったね……他社の動向を掴めなかった僕の責任だよ」
社長は責任を感じていた。
俺たち社員はなんとかしたかったが、具体的な改善策は見つからなかった。
ベトナムの協力工場には、現在生産を停止してもらっている。
こうしてうちの会社の自社ブランド家具の道は、頓挫した……かのように見えた。
ところがである。
ここで神風が吹いた。
神風の発信地は、イタリアからだった。
今年の4月からイタリア・ミラノのデザイン専門学校へ、小春ちゃんは留学していた。
その専門学校の校長先生は、小春ちゃんが日本のデザインコンテストでグランプリ賞を受賞したことを知っていて、その才能を高く評価していた。
そしてミラノへ着いたばかりの小春ちゃんに、ヨーロッパで伝統のあるインテリア・デザインコンテストに出品するように勧めた。
『All European Furniture Design Competitions』
ヨーロッパ全地域を対象とした、半世紀以上も続く伝統のある家具デザインのコンペだ。
この大会の入賞者の多くは、今現在でも世界のトップクラスとして名を馳せている家具デザイナーも大勢いるらしい。
そんな大きなコンペで、小春ちゃんは審査員特別賞を受賞した。
歴代の全て部門の受賞者の中で、二十歳での受賞というのはブッチギリの最年少らしい。
小春ちゃんが出品した作品は、木製のテーブルと2脚の椅子のセット。
木の温もりを生かした、丸みを帯びたデザインが特徴だ。
そして注目されたのは、テーブルも椅子も折りたたむことができる点だった。
テーブルは足を折り込んで、天板を垂直に収納する通常の折りたたみ式。
ただ椅子がちょっと変わっていて、
これは背もたれと座面、足の部分が複雑且つ機能的に動いて折りたたまれるようになっていて、その動きがとてもメカニカルで面白いのだ。
そしてスペースも取らないので通常は室内に折りたたんで、お天気がいい日に組み立ててバルコニーで使用する、といった使い方もできる。
そしてここでも審査員を驚かせたのは、やはり小春ちゃんがデザインとCADを使った設計の両方を一人でこなしていたことだった。
『日本の伝統工芸であるカラクリ細工を彷彿するような精巧なデザインに、木の温もりを融合させた見事な作品。既存の常識にとらわれず、デザインと設計を同時にこなした若きデザイナーの溢れる才能には脱帽せざるを得ず、嫉妬すら覚えるレベルである』
審査員の一人が、小春ちゃんを絶賛のコメントで評していた。
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