No.191:超ファインプレーかも

 

 明日菜ちゃんが入社してから3週間が過ぎた。

 おそらく最初は大変だろうと俺も社長も思っていたのだが、全くの杞憂だった。

 それどころが、明日菜ちゃんは経理部の中でとても頼られる存在になりつつあった。


 実は明日菜ちゃんは、ちょっとしたチートを使った。

 既に入社前には配属先は経理部で、6月から新しい会計システムが本格稼働することを明日菜ちゃんは社長から聞いていた。

 そこであらかじめ、新しい会計システムのマニュアルを社長から入手していた。

 真面目な明日菜ちゃんはそのマニュアルを隅まで熟読し、内容をほぼ完璧に理解していた。

 

 さらにその会計システムは、クラウド型の会計システムだ。

 あらかじめ業者の方からは、うちの会社向けに研修環境のシステムが用意されていた。

 そこで明日菜ちゃんは、その研修環境システムにログインするためのIDとパスワードを、社長に頼み込んで入手していた。

 そして自宅のPCから、いろんなケースを想定して記帳のトレーニングをしていたのだ。

 少し変則的なケースの記帳や、間違った記帳をした時の訂正方法とか。

 そういったイレギュラーなケースの対応も含め、ほとんど全ての記帳方法を入社時には既に理解していた。


 もちろんそのシステムは研修環境なので、どれだけ間違ったことをやっても会社のシステムに影響はない。

 そしてこういった作業は本来4月5月に、会社の経理部の方で研修として始める予定のものだった。

 

 もちろん明日菜ちゃんだって、現行のシステムとの違いを知らないといけない。

 だが現行の会計システムはとてもシンプルなもので、理解するには簡単なものだったらしい。

 ただしシンプルであるが故に、多通貨会計とか複雑な経理処理ができずにいたということのようだった。


 かくして経理部で新会計システムの研修が始まると、不明な点が続出した。

 そして明日菜ちゃんは、それらのほぼ全ての解決案を教えていたらしい。

 こうなると明日菜ちゃんに質問が集中することになった。

 明日菜ちゃんは全ての質問に、丁寧に対応していた。

 こうして経理部の中で、『新システムついては、南野さんに訊け』と言われるまでの存在になっていた。

 入社からわずか1ヶ月も経っていないにもかかわらずだ。



 一方で俺と岡山がかかえているAzoman通販の件は、苦戦を強いられていた。

 今日は俺と岡山、それと宮城くんの3人で八王子の倉庫を訪問していた。

 倉庫長を交えてミーティングをして、なんとかコスト削減の余地はないか話し合った。

 しかし根本的な解決策は見いだせなかった。


「はぁ……やっぱオレたちの考えが、甘かったのかな」


「最悪、採算のとれる商品だけやってみるという手もあるけどな」


「でも多分、それじゃあ上はいい顔しないと思うんだよなぁ」


「そうなんだよな」


 倉庫から本社への帰り道。

 岡山が運転する狭い軽四の中で、男3人。

 そのうち二人が、肩を落としてボヤいていた。


「あっ、あんなところに……ンの……があり……ね」


「ん? 宮城くん、何だって?」


「宮城! お前もうちょっとデカイ声だせないのかよ!」


「ヒッ……」

 宮城君の顔がひきつっている。


「岡山、デカイのはお前の声の方だ。で、宮城君、どうした?」


「い、いえ、あの……あんなところにAzomanの倉庫があるなぁって……」


「どこに?」


「あっちです」


 宮城くんは、車の後ろの方を指差している。

 岡山は車を止めた。

 俺たち3人は後ろを振り返る。

 遠くの方に、大きな倉庫があるのが見える。


「あれがAzomanの倉庫なの?」


「はい、多分そうです。ロゴが見えましたから」


「は? お前ここからそんなの見えたのか?」


「え? は、はい。ボク、視力2.0なので」


「岡山、ちょっと行ってみよう」


「ん? ああ」


 岡山は気乗りがしないようだったが、車をUターンさせた。

 そしてうちの会社の倉庫の前を通り過ぎて、そのまま直進する。

 遠くからでも大きな倉庫だと思っていたが、近づいてみるとその巨大さに圧倒される。

 そして倉庫の上の方には、たしかに”Azoman”のロゴが掲げられていた。


「本当だ。全然気がつかなかったよ」


「ああ。でも倉庫がここにあったって、仕方ないよな」

 岡山はちょっと投げやりにそう言った。


「そうですか……もしここに自分たちで品物を納入できたら、近いし運送コストがかからないんじゃないかと思っただけなんです……」


「……」「……」


「?……あの……」


「おい……岡山」

「ああ。ちょっと調べてみる価値があるぞ」


 俺と岡山は顔を見合わせる。

 岡山は再びUターンして、立川の本社への道を急ぐ。


「宮城君。もしかしたら、超ファインプレーかもしれないよ」


「え? そ、そうですか?」


「ああ。でもちょっと調べさせてくれ。ぬか喜びは良くないからな」


 宮城くんからの思わぬ一言。

 それは諦めかけていた闇の中の、一筋の光かもしれなかった。

 

 本来Azomanの在庫保管倉庫は、アイテムによって倉庫の場所が違う。

 例えば雑貨なら神奈川の倉庫、食品だったら栃木の倉庫といった具合だ。

 従って岡山はコスト計算をする際に、業者を使って関東圏内の倉庫へ発送することをベースに計算していた。

 そして実はこのコストこそが、この計画のネックになっていたのだ。


 だがもし、あの八王子の倉庫へ自分たちのトラックで一括して納入できたら。

 その分のコストはゼロになる。

 しかもうちの倉庫の目と鼻の先だ。

 

「岡山、スピード出しすぎだ」


「ああ、悪い。早く会社に戻りてぇ」


「急いだって何分も変わらないぞ」


 だが気持ちは分かる。

 スピードを抑えきれないまま、車は本社に到着した。

 そのまま俺たちは、オフィスへ急いで戻る。


 俺たち3人は、そのまま5階の営業2課へそろって入っていった。

 デスクに着くなり、岡山はAzomanの担当者へ連絡した。

 俺と宮城君は、その様子を隣で見守っていた。

 何事かという周りの視線を感じたが、気にならなかった。


 岡山は必死に状況を説明していた。

 そして一通り説明が終わると、電話を切った。


「なんだって?」


「ああ、ちょっと上と相談してみないと分からないって」


「ああ……まあそうだろうな」


 回答があったら教えてくれと岡山に言い残して、俺と宮城君は6階の海外営業部へ戻った。

 今日はもう夕方だし、回答は明日以降になるだろう。

 俺も宮城君も、いい返事が返ってくることを祈っていた。

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