No.128:パスポート
後期試験が始まって二週目。
俺と誠治と綾音の3人はいつも集まって勉強会を開くのだが、今回は試験前に1日だけ綾音の家に集まっただけだった。
ヴィチーノのバイトは、試験の日程に合わせてシフトを減らしてもらっている。
今日は水曜日で、明日は試験がない。
そして金曜日が試験の最終日だ。
シャワーを浴びたあと部屋で寛いでいると、突然誠治からLimeの音声通話がかかってきた。
「おー、どうした誠治?」
「瑛太喜べ!! やったぞ!! 大当たりだ!! 今年の俺はツイてるぞー!!」
誠治がスマホ越しに、大声でがなり立てていた。
俺は思わずスマホを耳から遠ざける。
「うるさいなー誠治。鼓膜が破れるかと思ったぞ」
「瑛太、パスポートって持ってるか?」
誠治は俺のクレームを見事にスルーした。
「パスポート? いや、持ってないぞ。海外なんて行ったことないからな」
「じゃあ試験が終わったら、大至急パスポートを申請してくれ!」
「パスポートパスポートって……いったいどうしたんだ?」
「瑛太、一緒にバリ島に行こう!」
「……バリ島?」
バリ島ってどこだっけ……。
俺の頭の中で、東南アジアの地図がなかなか出てこなかった。
◆◆◆
「いやでも、そんなことがあるんだな……」
「ああ。オレもびっくりだ」
週末の土曜日。
昨日全ての試験が終わった俺たちは、久しぶりにサシでランチでもしようということになった。
夕方からは二人とも、早速ヴィチーノのシフトが入っている。
俺たちは吉祥寺のカマール・マカンで、注文を終えたところだ。
なぜ誠治が突然、バリ島と言い始めたのか。
正月に暇を持て余していた誠治は、ネットでアジア系旅行サイトを巡回していたらしい。
その中でアジア系航空会社の多くが、懸賞の広告を出していた。
自社のエアーチケットと現地高級ホテルでの宿泊セット、ペアで3組様とか。
そういった懸賞に、誠治は片っ端から応募したらしい。
その後アジア系だけでなく、ヨーロッパ、オセアニア、北米南米、旅行サイトの懸賞を見つけては、とにかく応募したということだ。
宝くじは買わないと当たらないと、よく言われる。
何事もやってみないと分からないものだ。
突然、誠治のもとにベルーガ・インドネシア航空からメールが届いた。
『バリ島ペア旅行 当選のお知らせ』
件名を見て、最初は詐欺メールだと思ったらしい。
しかしメールを開いてみると、確かに誠治は応募した覚えがあった。
成田ーデンパサール間の往復ペア航空券と、現地ホテル3泊のセット。
誠治は大当たりを引き当てた。
「正月のおみくじなんて、オレ末吉だったぞ。もう一年分の運を使い果たしたかもしれん」
「一生分じゃなければいいけどな」
「やめてくれ」
しかもホテルだって、5つ星のインターパシフィック・バリ・リゾート。
朝食付きツイン・ダブルルームが、3泊無料だ。
「でも、俺でいいのか?」
「他に誰がいる?」
「いや……どう考えても、そのツアー自体カップル向けのような気がするぞ」
「それはそうだが……他に誘えるやつ、いねえしな。それに瑛太だって行きたがってたろ?」
「そりゃもちろん俺はありがたいが……誠治なら誘える女の子だっていたんじゃないのか?」
「は? いねーよ。いたら……色々苦労してないって」
「そうなのか?」
まあ一緒に海外旅行ともなれば、いろいろと違ってくるだろうな。
「じゃあ遠慮なく、行かせてもらうぞ。誠治ありがとな」
「おうよ。とにかくパスポート、大至急頼むな」
「わかった」
注文した食べ物が運ばれてきた。
ミークア、ミーバソ、シェア用のナシゴレンとパンジットゴレンが運ばれてきた。
俺たちは早速食べ始める。
「こういうのが、本場で食べられるんだな」
「ああそうだ。めっちゃ楽しみじゃね?」
「ああ。しかもツアー代無料って……俺、ここ奢ったほうがいいか?」
俺はちょっとふざけて聞いてみる。
「いやいい。ツアー代は無料でも、他にいろいろと金がかかるぞ。瑛太、パスポート申請にいくらかかるか知ってるか?」
「いや、見当もつかない」
「10年パスポートだと、1万6千円だ」
「げっ、マジでか」
「マジだ。それにここから成田への交通費とか、現地は朝食しかついてない。食費やら遊び代やらお土産代やらで、結構かかるぞ」
「そうか。そうだよな……」
「まあそうはいっても男二人だし、オレもそんなに金がないし。現地で安くて旨いものを探そうぜ」
「ああ、そうだな」
ここは誠治の幸運のおすそ分けに感謝しよう。
俺は期せずして訪れた初の海外旅行を、心待ちにしていた。
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