No.125:エリに何かしたんスか?


 翌日金曜日の昼休み。

 オレたちはいつものように学食に集まって、ランチタイムだ。

 ただ今日は……人数が少ない。

 エリちゃんと海斗の姿が見当たらなかった。


 昨日あれからオレと綾音は昭和純喫茶を出て、吉祥寺の駅で別れた。

 綾音は「なんとか今まで通りやってみるから」と言ってはいたが、綾音はすぐに顔に出るタイプだから、しばらくはぎこちなさが残るかもしれない。


 それより……今はエリちゃんだ。

 なんとか居づらくならないように、雰囲気を作りたいのだが……。


「エリちゃんと海斗君、来ないですね」

 弥生ちゃんがカレーライスを頬張りながら、そう言った。


「明日菜ちゃん、今日二人見なかった?」


「海斗君は朝見かけましたけど……そういえばエリは見てないですね」

 瑛太に訊かれて、明日菜ちゃんはそう答えた。


 綾音の顔をチラ見すると、向こうもオレの顔をチラ見しているのがわかった。

 綾音は少し目を泳がせる。


「なにかあったのか?」

 瑛太が珍しく気配を感じたらしい。


「いや、なんでもない。ちょっと心配になっただけだ」


「まあ二人とも、なにか他に用があるだけじゃないのか?」


 いや、このタイミングでそれはないだろう。

 しばらくすると、ポケットのスマホが振動した。

 Limeのメッセージを読んだ後、オレは皆に気付かれないように小さくため息を吐いた。

 

        ◆◆◆


「誠治先輩、エリに何かしたんスか?」


 オレは呼び出された商学部の大教室で、海斗に睨まれていた。

 この大教室はオレも去年一般教養の授業で来たことはあったが、今の時間は使われていない。


 目の前の海斗は、目を吊り上げて殺気立っている。

 オレはこんな海斗は今までに見たことがない。

 おそらく返答次第では、殴りかかってくるだろうな……。


「落ち着いてくれ、海斗。オレは何もしてないぞ」


「本当っスか?」


「本当だ……エリちゃんは、なんて言ってたんだ?」


「『誠治さんに言っちゃいけないことを言ってしまった。もう顔を合わせられない』って。アイツ、めったに泣くヤツじゃないんスけど……」


「そうか……」


「誠治先輩、何があったのか教えてもらえないスか? エリに訊いても『今は言えない』の一点張りで……」


 海斗から焦燥の念を感じる。

 オレは逡巡したが……


「そうだな。海斗には知る権利があるよな」


「誠治先輩……」


 オレは昨日の出来事を、海斗につまびらかに話した。

 エリちゃんと一緒に、吉祥寺の昭和純喫茶に行ったこと。

 エリちゃんはこっそり入ってきた綾音に気づいたこと。

 それを知った上で……オレのこと、エリちゃん自身のことを話し始めたこと。

 そしてその後オレと綾音を残して、店を出ていってしまったこと。


「うわーマジすか⁉ エリ、自分からそんな事言ったんスか⁉ アイツ、バッカじゃねーの!」


「いやバカじゃないだろ……でも、オレは驚いたよ。エリちゃんのことも、オレの気持ちがバレてたことも……」


「まあ……それは俺も知ってたっス。エリのことも、誠治先輩のことも」


「マジで?」


「マジっす。誠治先輩、綾音先輩を見る目が違ってましたからね。それから……エリは基本、誠治先輩みたいなのがタイプなんスよ。ガタイが大きくてイケメンで一見遊び人で……でも好きな人には一途、みたいな? 俺みたいにメガネで背が低いカワイイ系は、好みじゃないんス」


「海斗……」


「まあ俺のことはいいとして……そっかー、俺は最初にピースを動かすのは瑛太先輩だとばっかり思ってましたけどね……ああ、でもそうか……やっぱアイツ、バカだな……」


「?」


 海斗は一人で、なんだか納得している。


「多分ですけど……エリは南野と瑛太先輩がくっつくように応援してるじゃないスか。でももしそうなったら、振られた綾音先輩に誠治先輩は近づきますよね? そうなったら……もう無理ゲーだって、エリは自分でも思ったんじゃないスかね。そうなる前に、後悔する前に、自分から気持ちを伝えておきたいって思ったんじゃないスか? それと純粋に、誠治先輩を応援したいっていう気持ちも重なって……エリのやりそうなことッスよ。案外アイツ、直情的だから」


「……よくわかるんだな。エリちゃんのこと」


「そりゃあダテに10年以上も、片思いこじらしてないっスから」


 海斗はちょっと寂しそうな笑顔を浮かべた。

 海斗がエリちゃんを見る目が違っていたのは、オレも感づいていた。

 そしてエリちゃんからすれば、オレも海斗も同じ「お友達ライン」上にいる存在だと思っていた。

 大いなる勘違いだったが……。


「いやーでも、このタイミングで自分から動くかな……やっぱアイツ、不器用っスね」


「そうかな……でもすごく誠実だなって思ったよ」


「まあそうなんスけどね……あ、誠治先輩すいませんでした。俺、ちょっと先輩のこと疑ってたッス」


「何を?」


「吉祥寺で会ったって言ってたんで……てっきり家電量販店の裏手の細い裏路地とかに連れ込んだのかと思って……」


「お前妙にリアルなの、やめてくんない? ラブホとか行ってないからな!」


 なぜ海斗も詳しい?

 オレは……もう1年半以上、行ってないけど。

 

「それより海斗……なんとかしたいんだ。エリちゃんのこと」


「了解ッス。とりあえず俺に任せてもらえませんか?」


「……頼んでもいいか?」


「ええ、任せて下さい。エリの居場所は俺が作ります」


 海斗がキリッとした表情で、笑顔を浮かべる。

 頼もしいなと思った。


「助かる。頼むな、海斗」


「うッス!」


 メガネの下で目を細めた海斗に、話し始めた時の殺気はすっかり抜けていた。

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