No.39:立派なダブルデートです!


「久しぶりに来たので、テンションが上がっちゃいました」


 自然文化圏を出て、明日菜ちゃんは言った。


「こんなところがあったんだね。公園は来たことあったけど、この動物園は初めてだったよ」


「家族連れならまだしも、独身男性は来ないですよね。もっともデート目的なら別ですけど……」


「今日のこれは、デートだったのかな?」


「えっ? は、はい、そうですよ! 立派なダブルデートです!」

 明日菜ちゃんはニッコリ笑って、そう宣言した。


 時刻は3時過ぎ。

 吉祥寺駅に戻った俺たちは、少し早いけど解散となった。

 俺と誠治は夜のシフトがあるからだ。


 誠治はJR、エリちゃんは車のお迎え。

 俺と明日菜ちゃんは、また一緒に歩いて帰ることにした。


「人が多かったよね。井の頭公園」


「そうですね。でもお花見のときなんか、あんなもんじゃないですよ。ボート乗り場とか、長蛇の列です」


「そういえば、今日はボート乗らなかったね」


「いいんですよ、乗らなくて」


「え? そうなの?」


「はい。あのボートに乗ると、別れるっていうジンクスがあるんです。有名ですよ」


「へぇー、そうなんだ。どこにでも、その類の話はあるんだね」


 ていうか……そもそも付き合ってないんだから、いいのでは? とツッコもうとしたが、止めておいた。

 それは言っちゃダメなヤツだ、と俺の本能が警告している。


 そうこうしているうちに、俺のアパートの前に着いてしまった。


「もう着いちゃいましたね」


 明日菜ちゃんは、目に見えてシュンとしてしまっている。

 俺は彼女を元気づける言葉を探す。


「もう少し一緒にいたかったです……」


 俺は内臓のどこかをキュッと掴まれたような感覚に陥った。

 この子は……その時の気持ちをストレートに伝えてくる。

 駆け引きも、やましさも、我慢も、嘘も。

 何も含んでいない、純粋で透明で真っ直ぐな気持ち。


 でも……その根底にある気持ちって、何なんだろうか。

 思慕? 恋慕? 敬愛? 親愛? 友情?

 多分だけど……自分でもまだ、判りかねているんじゃないかな。


「紅茶でも、飲んでいく?」

 気がつくと、俺はそう聞いていた。


「え? い、いいんですか? あの……ご迷惑では」


「バイトまでまだ時間あるし。30分ぐらいだったら、時間あるよ」


「本当ですか? じゃあお言葉に甘えてもいいですか?」


「ああ、もちろん」


 2人で俺の部屋へ入っていく。

 明日菜ちゃんに椅子に座ってもらって、俺はお湯を沸かし始める。

 コーヒーと紅茶をひとつずつ入れ、戸棚の中から食べかけのクッキーを取り出し、お皿の中に入れた。


「ありがとうございます」


 目の前に紅茶を置くと、明日菜ちゃんはそういった。


「クッキーが余ってた。美味しくないかもしれないけど」


「瑛太さん、甘いものお好きでしたね。今度クッキー、焼いて持ってきますね」


「本当? じゃあ期待して待ってるよ」


「はいっ、期待して待ってて下さい」

 

 そう言うと、あの天使のような笑顔でにっこり笑った。

 よかった、機嫌が良くなったようだ。


 それから何故か、俺の実家の方の話で盛り上がった。

 朝はニワトリの鳴き声がうるさいとか。

 通学の時、少しぐらいの雪だったら普通に自転車で通っていたとか。

 どれもこれも、明日菜ちゃんには物珍しいようだった。

 彼女は目をキラキラさせながら、俺の話に聞き入っていた。

 俺にとっては、ごく普通の日常だったのだが。


「じゃあそろそろ失礼しますね。ありがとうございました」


 30分ちょうど経った時、明日菜ちゃんはそう言って立ち上がった。

 自分の飲んだティーカップを、流しへ運んでくれた。


「それじゃあまた、Limeしますね」

 玄関で靴を履いたあと、明日菜ちゃんは振り返った。


「ああ。それじゃあまたね。気をつけて帰るんだよ」


「はい。ありがとうございます」


 そう言って明日菜ちゃんは出ていった。

 小さなため息と共に、手作りクッキーを少し期待している自分だけが部屋に残されていた。

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