No.40:新宿御苑


「へぇー、そんな感じのダブルデートだったんだぁ。なんだか甘酸っぱいねぇ」


「感想が既にオバサンだぞ」


「なっ、そんなことないでしょ!」


 公園のベンチで、隣に座った綾音が抗議の声を上げる。


 ここは新宿御苑。

 あの乗降客世界一の新宿駅から、徒歩10分。

 そこは自然豊かな別世界だった。


 紅葉が綺麗に色づいている。

 井の頭公園に負けず劣らずだ。

 しかも今日は、金曜日の午後。

 平日なので、人通りも少ない。


 俺も綾音も金曜日の午後一コマ目を終わると、その後の授業はない。

 ちょうどいいので、約束だった紅葉を見に行くことになった。


 本当は誠治も一緒に、3人で行く予定だった。

 ところが誠治は大学を出る直前に腹を押さえ、「あいたたた……持病じびょうしゃくが……」と訳のわからないことを言い出した。

 結局綾音と2人で行くことになってしまった。

 なんだかデートっぽいな。


「いとこの結婚式どうだったんだ?」


「ん? ああ、普通によかったよ。高校の時の同級生だったんだって」


「へぇー、やっぱり結婚まで続くカップルもいるんだな」


「すぐに別れちゃうカップルもいるのにね」


「笑えないな……お互いに」


「で、どうすんの?」


「どうすんのって?」


「その、明日菜ちゃんて子」


「?」


「もう! あからさまな好意を向けられてるわけじゃない。それで……どうするのよ?」


「どうするもなにも……そもそも、その……恋愛的な意味で好意を向けられているのかどうかさえ、疑わしいぞ」


「なに言ってんの? そんなの好きに決まってんじゃない」


「その好きって言っても、いろいろあるだろ? ていうか、明日菜ちゃん自身、恋愛経験ゼロらしいんだよ」


「え? そうなの?」


「ああ。だから多分だけど……自分でもどうしていいか、わからないんじゃないかな」


「ふうん……まあ、あり得るのかな……じゃ、じゃあ、瑛太自身はどう思ってるのよ?」


「だからこの段階で俺がどうこう思ったって、しょうがないだろ? 明日菜ちゃんを苦しめることになるかもしれないし。いずれにしても、もう少し時間が必要なんじゃないか?」


「もう……まあ瑛太らしいって言えば、瑛太らしいけど」


 ただ……俺は毎週日曜日に、明日菜ちゃんが俺のアパートにお好み焼きを食べに来ていることを、綾音に話さなかった。

 なんとなく、話さない方がいい気がしたからだ。

 なんだか、少しずつ秘密が増えていってるような気がする。


 俺たちは立ち上がって、新宿駅を目指して歩く。

 園内の紅葉もなかなか綺麗なのだが……。


「やっぱさ、札幌の紅葉の方が10倍綺麗だわ」


「ああ、俺も思った。長野の紅葉も、かなりいいぞ」


「だよねー……まあ東京に自然を求めちゃいけないか」


「そういうことだ」


 この時間帯だと、新宿駅はラッシュが始まるころだ。

 また電車が遅れなければいいけど……。

 そんな事を思った。



 その夜バイトから戻ってくると、Limeメッセージが1件入ってきた。


 明日菜:こんばんは。お仕事、お疲れさまでした。明後日の日曜日ですが、お母さんから瑛太さんに是非お昼ご飯を食べに来てもらいなさいって言われているのですが……ご都合、いかがでしょうか? ちなみにですが、お父さんは出張中でいません。


 明日菜ちゃんのお宅で、ランチのお誘いである。

 多分これは、行った方がいいだろう。

 ちょうどタイミングよく、実家から大量の野菜が送られてきたところだ。

 手土産にちょうどいい。


 瑛太:是非お邪魔させていただくよ。お母さんによろしくお伝えください。


 速攻で返事が返ってきた。


 明日菜:ありがとうございます。お母さんも妹も、すっごく楽しみにしています。もちろん私もです。


 笑顔の絵文字をたくさん使って、そう書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る