第6話 改善プログラムその3(清掃業務)

「あー、連絡をくれてた瀬崎さんね!ここの所長の尾見(おみ)と言います。いやー、助かりますわ!」


3回目となった「健康改善プログラム」だが、なんか今回は今までよりノリが軽い。

むしろ軽すぎて、ついていけないまである。いや、悪いとかではないけどね・・・



俺が3つ目に選んだプログラムは、緒方医師からもらった紙に「清掃業務」と書かれたものだ。

例によって書かれた問い合わせ先に電話し、用件を伝えると、


「ごめん!今忙しいから、お昼過ぎ2時ごろに来てもらえます?」


「あ、はい」


「助かりますわ!では、そうゆうことで」


そうして一方的に電話が切られた。「・・・なかなか豪快なところだな」と思いました。


そして、約束の2時に現地に伺うとこれである。所長の尾見さんは、挨拶もそこそこにさっそく業務の説明をする。


「清掃道具と廻ってもらう場所の書いた紙は、そっちの机に用意してるので!慣れてなくても2、3時間で終わると思うので、戻ったら報告お願いします!」


「え?それだけですか?」


キョトンとする俺に、尾見所長もポカンと返す。


「いや、ゆーてそのくらいですけど。あ、あとは、ボランティアであっても手を抜かずしっかり清掃してください。・・・まぁ、緒方先生の紹介なら、そこは心配してませんけど」


おっと緒方氏、信頼されてるね。


「・・・わかりました。ただもし分からないところがあったら、尾見所長さん宛にお電話してもいいですか?」


「それはもちろん!よろしくお願いします!」


こうして健康改善プログラムその3、「清掃業務」がスタートしたのである。



――――――――――――


(????視点)


「ねえさん、可愛いね!ちょっと俺たちと付き合わない?」


20代前半?私より少し年上と思われる、知らない男性二人組に声をかけられた。いわゆるナンパだろう。


(はぁ、またか・・・)


私はうんざりした。



 私の名前は「陣内 渚(じんない なぎさ)」という。歳は18。高校生だ。

つまり女子高生、俗にいう「JK」という奴だ。全く、この表現、どうなの?

容姿は、・・・自分で言うのもなんだが、かなり良い方だと思う。

と言うのも、父と母が「美男美女」とよく評されるからだ。

父は「イケメン敏腕社長」とたまに記事にされるほど。

母も控え目な性格だからモデルとかの経験はないけれど、「え!?モデルさんとかじゃないんですか!?」と会った方の多くや、父を取材に来た(多分多くの芸能人を取材したと思われる)記者さんすらむしろ驚くレベル、と言えば伝わるだろうか。

そういった二人の娘なのだから、遺伝子的に考えていわゆる美形で妥当でしょう?・・・望む望まないに関わらず。遺伝子学って凄いよね。


 そんな容姿の私だからか、「ナンパ」や、ちゃんとしたあるいはいかがわしいもの含めて「スカウト」の経験も、不幸か不幸か多い。・・・まぁ、全部断ってきたけど。

今回も(慣れたくはない経験からだけど)きっぱりあっさり断ろうとしたら、二人組のもう一人の男性が、こんなことを聞いてきた。


「あれ、その顔?・・・君ひょっとして、先日テレビに出ていた方じゃないですか?」


「・・・・・・そうですけど」


めんどくさい事になった。



 「イケメン敏腕社長」と言われる父は、本業の会社関係のみならずマスコミ関係からも取材される事も多い。

「多くの人に知ってもらうのは、会社のアピールになる」と言う考えから、自ら積極的には動かないが、取材依頼がきた際は基本断らない。そのスタンスは、わからないでもない。

しかしながら、母や、その母の遺伝からか私も(ひょっとしたら父もかもだけど)メディア露出は好きではない。度々言われる「良ければご家族の方も出演いただければ・・・」という依頼は、これまで丁重に断ってきた。


 だけど先日、父がもらった取材が、「大物芸能人さんが有名人の家族を紹介する」といった企画内容の番組であった。

父は当初、母と私の性格を知る故、受けることに難色を示した。だけど、番組自体の知名度の高さや会社幹部からの強い要望もあり、受けた方が会社のためになると判断したらしい。そういったことも含めた事情をありのまま素直に母と私に伝え、父は協力を願ってきた。

・・・母も私も頑として断れば、断れたかも知れない。

 だが、そうまでして断る程、私は意固地ではないつもりだ。母もおそらくそうなのだろうけど、

「・・・わかった。じゃあ、私が取材を受けるね。・・・私だけで大丈夫だよね?」

と答えた。今回だけだよ、と念を押すことも忘れずに。


その取材も無事に終わり、オンエアー後も(流石に友達関係からは色々きたけれど、)特に問題なく終了した。

なにはともあれ、父と母は感謝してくれたので、結果オーライと思っていた。



・・・・・・まさか時間を空けて、その影響がくるなんて思わなかったけれど。


「え?芸能人?すっげー!」


連れの男性の言葉をどう勘違いして解釈したのか、ナンパしてきた男性が興奮する。

この反応を見て私はもちろん、連れの男性もあからさまに困った表情を見せた。


(多分、テレビで見たと思ったから何気なく確認しちゃったんだろうなぁ)


見た感じ二人組の男性は、二人とも軽いと言った感じではない。声をかけてきた男性も「あわよくば可愛い子と仲良くなろう」くらいの気持ちはあったかもしれないけれど、連れの男性は(一般的に高確率で失敗するであろう)それを無難に諫めるといった関係になんとなく思える。


が、声をかけてきた男性は若干興奮し、連れの方は想定外の模様。

私自身も「父が受けた取材」と言う事もあり正直に肯定はしたものの、どう上手く収めようか少々困ってしまった。




「え~っと?お取込み中、すみません~。ちょっと、いいですか~?」


そんな時、その人はきた。



声のした方を見ると、30過ぎくらいの男性だった。

・・・が、何と言うか違和感?が。


「・・・何?兄さん、この子の知り合い?」


ナンパしてきた男性が、それっぽく返答する。

けれど、「たぶん自分が声かけられたんだろうなぁ」くらいの感覚で、若干戸惑っているようにも見える。


そう!そうなのだ。この30過ぎくらいの男性、こんな場面で声をかけてきてはいるが、「ナンパや厄介事を止めよう」と言った感は無いのだ。違和感はそれだ!ちなみにもちろん、知った顔ではない。

連れの男性も困惑したように新たに来た男性を見る。


図らずも3人に注目された男性は、次にこう言った。


「いえ~。すいませんが~、私、清掃作業中なので、お兄さんの足元のガムを取りたいんですが~」


「「「ガム!?」」」


予想外の単語の出現に、思わず3人同時に声が出る。そして、男性が指さしたところを見る。

・・・確かにそこには、だいぶ前に誰かが噛んで捨てたのであろう、もはや黒ずんで固まり、アスファルトと一体化したガムがあった。


「あ、ああ・・・どうぞ」


「失礼します~ いやぁ~、すみませんねぇ~」


よく見たら腰に差してあった清掃道具?一式の入った腰のポーチから、男性は金属のへらを取り出し、・・・本当に取ろうとしている!?


「よっ!ほっ! ・・・やっぱり手強いなぁ~ あ、気にせず、続きどうぞ」


いや、続きと言われましても・・・



毒気を抜かれたのか間を抜かれたのか、男性二人組の方も困惑。


「・・・おい、もう、行こうぜ」


だけど、これを好機と見たのか、連れの男性がナンパをしてきた男性を促す。


「・・・だな。行こうか。」


冷静になったのか、ナンパ男性は、バツが悪そうに話す。


「あーっと、なんだ・・・お姉さんもすまなかったね」


「あ、いえ」


こんな時に何と返せばよいやら。


そして、男性二人組は立ち去っていった。・・・連れの男性の方は、私と「謎の乱入ゴム取りおじさん」の方に、軽く頭を下げたのが見えた気がした。



 さーって。


「あの・・・」


「おっし、取れた!!」


突然の男性の歓声にたじろぐ。何事!?


「なるほどね。これが離剝剤で、これかけてしばらく待って取れば綺麗にいけるのか。・・・その辺、教えて欲しかった・・・」


どうやら、ガムが綺麗に取れた喜びの声だったらしい。・・・本当に取ってたんだ。なんだろ?この人。


「あの!!」


先程のは聞こえてなかったと見て、さらに大きな声で呼びかける。

吃驚したのか、肩で飛び上がってこちらを見る男性。ホントにこうなった人、初めて見た。


「はい! ・・・えっと?」


自分に声をかけられたと察するが、理由がわからないようにコテッと首をかしげるような仕草をする男性。年上だろうに、なんか可愛いなぁ。


「あーっと、助けていただいて、ありがとうございます」


「いえいえ~、何のことでしょ~」

「さすがにそれは通じませんよ?」


予想通りの返答に対し、すかさず被せる私。

男性もまた、心持ち肩をすくめて返してくれた。


「まぁでも、助けたなんて思って無いのは本当ですよ?別に自分がいなくても、多分どうにかしたでしょう?」


それは・・・おそらく、そうだろう。


「ただ、ひょっとしたら、スムーズにいかず、波風を立ててしまうかも知れない。そう感じたので、なんて言うかな?壊してみた?次第です」


まぁ、自己満足みたいなものです。と続ける。

その捻くれた理屈が、私は何となく気に入った。


「・・・とはいえ、結果的に「助けられたと私が思った」ので、助けたんですよ、あなたは」


「・・・そうきましたか」


「はい。と言う事で助けられた私としては、良ければお礼をしたいのですが、どうでしょう?」


「はは、お礼と言われてもなかなか。」


彼は苦笑し、ちょっと考える。


「あ、思いつきました。この辺の地元の方ですか?」


「この辺の地元の方ですよ?」


面白がって、オウム返しする。


「でしたら、この辺りで・・・じゃないなぁ。この地図の区域で清掃しがいのある所教えてもらえますか?」


「清掃ボランティアみたいな最中なのですが、どうせやるなら、少しでも喜ばれそうなところ綺麗にしたいんで。」


(ボランティアみたいなって、なんだろ?)


とは思ったものの、聞かずに彼が持っている地図を見せてもらう。

結構広い区域だなぁ。


「この区域だと、ココとココとココ・・・って、罰点ついているところが、そうなんじゃないですか?多分」


「え”?」


彼は慌て、もう一度よく地図を見る。


「・・・・・・。しょちょ~、そういうのは言ってください~」


「他人のせいは良くないですよ?」


「・・・はい・・・」


年下の学生に指摘されて、素直に謝る。こんな大人いいなぁ。


「・・・なんか危なっかしいので、途中まで、案内しましょうか?」


「いえ、そこまでしてもらうのは」

「途中まで、私の目的地に行く道と同じなんですよね」


再び被せる私。あ、なんか快感。


「・・・そういうことでしたら、途中まで案内お願いします」


「お願いされました」


こうして私は、この妙な男性を案内がてら同行することとなった。



―――――――――


(なんか、妙な事態になったなぁ・・・)


俺は改めて、隣の同行者を見やった。

大学・・・まではいっていないかな?多分高校生。制服でも着ていれば一発でそれと分かったのだが、私服。ファッションなどに全く疎い自分でも、センスの良さそうな、ひょっとして高価なのかも?と思えるちょっと上品な服装だ。


そしていわゆる「美形」である。


アイドルや芸能人に興味がなく、これまた全く疎い自分ですら、「芸能人」と言われたら全く疑わないような整った顔とスタイル。

身長も自分よりは低いが、おそらく女性にしては高い方で、歩き方もカッコ良い「モデル歩き?」が自然にできている。

そして、先程のやり取りから、頭も良いのだろう。マンガや小説にいそうな「才色兼備」って本当にいるんだなぁと、ビックリしてます。まる。


「・・・何かつまんないこと、考えてません?」


「・・・ソンナコトナイデスヨ?」


勘のいい子は嫌いだよ!


「そんな「勘のいい子は嫌い」みたいな顔されても、困るんですけど」


うん、あなたって超能力者ですか?心読まれてる?


「・・・別に心読めたりはしませんけど、わかりやすいですよ?正直」


わかりやすいかー、そっかー。


「ずっと年下の学生さんと思われる方にすら、読まれやすいのは大人としてちょっとショックだなぁ」


正直な気持ちを話す。


「・・・まぁ、私は多分、同年代よりちょっと色々あるので」


彼女は、つとつとと話してきた。


「自慢みたいで嫌に聞こえるかもしれないですが、さっきのようなナンパっぽいのは、よくあるんですよね」


「まぁ、その容姿ならそうでしょうねぇ」


素直に答える。


「容姿を褒めてくれるのは、嫌とかではないんですよ。それもきっと私の長所なのでしょうから。でも「父母からもらったもので、私が努力した結果ではない」とも思っちゃうんですよね」


「・・・確かに色々あるねぇ」


いわば「不細工」療養中の俺が言うのもなんだけど、美形には美形の苦労があるんだなぁ


「あるんですよ。・・・会ったばかりですが、これも何かの縁と言う事で、人生の先輩さんに聞いてもいいですか?」


「・・・人生の先輩さんとして答えられそうな事なら」


先程の意趣返しに、彼女は苦笑して続ける。


「・・・細かい事情は流石に言いませんけど、そうですね。先程「波風が立たないように」と言ったじゃないですか」


言いましたねぇ。


「もし、「自分の選択で確実に波風が立つ」としたら、どうしますか?」


ふーーんむ、真面目な質問きたなぁ。どう答えたものか?


「そうだねぇ。・・・さっきみたいに「望まない波風」なら「立たない」に越したことはないけど、」


俺はできるだけ言葉をまとめて続ける。


「「自分が覚悟して臨んだ波風」なら、「立っても」いいと思うかな?」


彼女はバッとこちらを見た。・・・我ながら、臭すぎたかな?


「まぁ、事情によって大きく変わると思うから、そんな単純ではないだろうけど」


「・・・いえ。参考になりました」


「そう言って貰えて光栄です」


本当に。



・・・などと言っている内に、目的地点にたどり着く。


「一番近い罰点の場所は、この道をまっすぐです。では、私はあっちなのでここで」


「ありがとう。助かりました」


こうして俺は、ひょんなことで出会った少女と別れた。



――――――――――――


(渚視点)



(「覚悟して臨むならいい」か・・・)


見ず知らずの人に、なかなかちゃんとした答えを返してくれる人だ。


(あ、名前くらい聞けば良かった)


なんて、多分もう会うことはないだろうに何を考えているんだろう、私は?


何故か後ろ髪を引かれる思いだが、今更、名前を聞きに戻るなんてできるはずもない。



・・・と思っていた矢先、彼のいる方から声が聞こえた。



「あれ?瀬崎さん!? 瀬崎さんじゃないですか、どうも!!」


「あ、どうも、こんにちは」


スーツを着た、いかにも営業サラリーマンと言った風貌の男性が、さっきまで一緒にいたお兄さんに話かけていた。声が大きいひとだなぁ・・・


だけど、そのおかげで、


(そうか、あの人、瀬崎さんって言うのか)


何故か私は、何となく得した気持ちになった。

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