第5話 改善プログラムその2(講演会公聴)

「本日予約していた、瀬崎臨也と申します」


「瀬崎様、瀬崎様・・・はい、確認いたしました。こちらが本日の講演パンフレットになります。どうぞ」


「ありがとうございます」


 受付を終え、俺は本日の講演会会場に入った。



 二つ目となる「健康改善プログラム」。

緒方医師に言ったように、今日は予約していた講演会を聞きに来た。

講演の内容は「これからの時代の働き方」とある。

べたと言えばべたべたのお題だが、自分が仕事の休日にここに来るきっかけを考えると何ともな気持ちになる。流石に狙ってはいないだろうけど・・・

まぁ、「たまにはこういうのも聞いた方が良いかな」とも思っていたので、良いことにしよう。


パンフレットで今日講演する方々を確認する。3名が講演するみたいだ。

最初の方が9時50分から始まって10時50分まで。10分休憩後、11時から12時までが二人目の方。

そしてお昼休憩をはさんで、13時から14時までが3人目で終了のようだ。

講演者の経歴?も書いてあったので軽く見る。知っている方はいない。


そうこうしている内に、そろそろ最初の講演が始まるようだ。さて、じっくり聞きますか。


・・・・・・


一人目、二人目の講演が終わり、今はお昼休憩中。

近くの飲食店で軽く食事を済ませて席に戻る。最後の講演まで後20分はあるな。


「失礼。そちらの席よろしいですか?」


声をかけられた方を見ると、50代後半くらいの如何にもどこかの役員と言った初老の男性が立っていた。どうも、私の2つ隣の席に座りたいらしい。


別に席はチラホラ空いてはいるが、比較的目立ちにくく講演内容も見やすい席と言う事なら納得がいく。・・・現に自分もそんな席を選んだのだから。


「大丈夫と思います。どうぞ」


「失礼します」


男性は腰かけると、そのまま話しかけてきた。


「いや~、今日は講演を最初から聴く予定だったのですが、急遽仕事が入ってしまっい、ようやく今来れた次第です」


「そうなんですか。災難だったですね」


俺は形通りの言葉を返す。


「それで午前の2講演聴き損ねたのですが、もし聞いていらっしゃいましたら、かいつまんで教えてもらいませんか?」


「え、私がですか?」


「はい、よろしければ」


う~ん、よろしくはないけど、この方楽しみにしてたみたいだよなぁ。まぁ、説明下手なのは勘弁してもらうって事で・・・


「上手に説明はできませんが、それでよろしければ」


「是非、お願いします」



俺は午前中にあった2講演を、書き込んでいたパンフ片手になるべく思い出しながら、10分程度で要点中心に簡単に紹介した。


「・・・といった感じだったのですが、雰囲気だけでも伝わりましたでしょうか?」


「いえいえ、十分です。ご丁寧にありがとうございます」


良かった。下手なりにどうにか内容をお伝えできたようだ。

そうこう言っている内に、最後の講演が始まる時間となり、会場の照明が暗くなる。


「あ、そろそろ講演始まるみたいですよ。聴きましょう」


「そうですね。では話の続きは講演の後ででも」


いや、続きありませんからね?

俺は聞こえなかった素振りで、講演する壇上に身体を向けた。



最後の講演者は女性であった。

パンフレットを見ると、名前は「前野 貴美子(まえのきみこ)」とある。

会社名は寡聞にして聞いたことはないが、その会社の労働組合執行役員とある。歳も書かれていたが、自分とほぼ同じ歳で凄いなぁ。

女性にしては高身長で、メガネをかけスーツをびしっとしてキリッとした印象の、如何にもキャリアウーマンと言った感じの方だ。・・・擬音ばかりですまん。

そして、顔写真だけのパンフでは気づきようもないが、かなりの巨乳である。うん、講演内容と関係なく不謹慎と言われても仕方ないが、俺も男である。許して欲しい。


「前野貴美子と申します。本日は講演を聴きにご来場いただき、誠にありがとうございます。」


容姿に似合った、凛とした声で講演が始まる。


「本日の講演テーマは「男女平等社会のさらなる実現に向けて」です。どうぞ最後までお聴きください。」


はい、聴かせていただきましょう。



・・・・・・・



「以上です。ご清聴ありがとうございました。」


前野さんが講演を締めくくる。周囲から拍手が起こる。

もちろん俺も拍手していた。いやいや、いろいろと考えさせられる講演だった。


「良い講演でしたね」


「そうですね」


さ~~って、いい気持ちのままで帰宅しますか。俺は隣の方に挨拶しようと立ち上がり


「ところでこの後、講演者や関係者含め、立食含めたちょっとした交流会があるのですが、どうされますか?」


どうされますかと言われましても


「えっと、お心遣いはありがたいのですが、私は関係者でも何でもありませんので」


そもそも参加できませんよと正論で返す。

・・・いや、返そうとしたのだが、


「ああ、それは心配なさらずとも大丈夫ですよ。今回の交流会はそんなに堅いものじゃないですし、参加者の友人と言う形でも問題ないです」


もちろん、私はその参加者の一人です。と付け加えられる。


「いえいえ、つい先ほど会った方にそこまでして頂く訳には」


と言うか、お世辞にも人付き合いが上手いと言えないので針のむしろ状態になるのは目に見えている!それは避けたい!!


「いえいえ。私がもっとあなたから今日の講演のことを聞きたいのです。是非、参加して頂けませんか?」


何が気に入られたのか、熱心に説得される。弱った・・・悪い方では無いと思うけど・・・


ふと周りを見ると、講演会場には私と男性、後は件の交流会に向かうであろう方たちと講演の後処理を行っている方たち、

・・・要するに、俺以外は関係者だけが残った形となっている。ここで断るのは、相手の方に逆に失礼になりかねないなぁ。


「・・・そこまで言っていただけるのでしたら、少しだけ、ご一緒させてもらっても良いですか?」


「もちろんです!お時間頂きありがとうございます」


何だろう?ありがた迷惑ではないんだけど・・・

とは言え、見た感じこの男性の方は、なかなかに地位が高くて顔も広そうだ。

おそらく交流会とやらに行けば、会ったばかりの自分など差し置き、挨拶周りに向かうだろう。

そうなったら、おそらくいるであろう会を仕切っていそうな方に、一言お詫びして立ち去ればいい。うん、そうしよう。


我ながら後ろ向きな決意を固め、俺はつい1時間ほど前に会った「友人」に伴われて行く。



――――――――――――


(前野視点)



(はぁ・・・こういった席って、苦手なんだよね・・・)


私は内心の「げんなり」が表に出ないよう気を張りながら、先程行った講演についての感想や評価などをいろんな方から聞いていた。


まぁ中には、明らかに私の胸に意識がいっている男性や、妬み?みたいなのが混じった女性もいたけど、そんなのはもうだいぶ慣れた。

高校?中学くらいからか急激に大きくなっていった「ソレ」とは、もう20年来の付き合いだ。肩こりも含め、流石に慣れる。

・・・まぁ、げんなりはするけど。


そして何名かの関係者やまぁ偉い方とお話させてもらったが、「資料がまとまっていた良かった」とか「もっとこうした方が良い講演になる」といった「講演」に対するコメントはまぁ、それはそれでありがたいと思うものもあったけど、


(肝心の「講演の中身」について誰も言わないのはなんで・・・?)


そうなのだ。私が今回掲げたテーマは「男女平等社会」。それに対する意見― もちろん反論でもいい ―が、ほぼ皆無なのだ。

せいぜい、「男女平等目指して頑張ってください」くらい。えっと、それを考えるのが大事なんじゃないの?


 私の勤めている会社は、おそらく極端に「男性が上に立つべき、仕切るべき」といった風潮は無いと思う。それでも、「同程度の能力なら男性が無難だろうなぁ」といった感じはある。

・・・そして、私と同じように感じている女性も多いと思っているし、実際労働組合の調査ではそう言った結果が多く出た。それがすなわち「真の男女平等社会」では無い証だろう。

私はそれを少しでも正したいと思っている。難しい道だとわかってなお。


そう言ったふうに頭の中で決意を固めていると、どこかで聞いたような声が耳に入った。


「こちらが今日の交流会会場か~。結構広いなぁ」


「そうですね。・・・そして結構、人もいらっしゃいますね」


初老の男性が若い、私と同じくらいの年齢?、の男性と一緒に、交流会場に入ってきていた。


どうやら、参加者の一人である初老の男性が、若い男性を伴ってきたようだけど、あの初老の男性って・・・


「専務・・・?」


私は見間違えたのかと思い、メガネを外し拭いてかけ直してから、もう一度その男性の顔を確認する。


・・・声といい間違いない。うちの会社の専務だ!



 うちの会社のお偉いさんにはいろんな方がいる。・・・まぁ、どの会社でもそうだと思うけど。

専務はその中でも、いわゆる「実力派」だ。

学歴的には目立ったところはないが、入社してから多くの「実績」を積み上げ、その結果、現在の「専務」と言う地位にまで至っている。

素直に上司として尊敬している人物の一人だ。


・・・だけど、私の掲げる「さらなる男女平等社会の実現」にとっては、あまりいい印象の無い相手でもある。

別に否定をされているという訳ではない。

どちらかと言えば、「男女平等とすることに会社的利益を見いだせない」といった考えの持ち主に思える。

まぁ実際に、あの方に聞いたわけではないので私の主観ではあるけど。

課長とかそう言った管理職ですらない私には、雲の上の存在だからだ。


 そんな人物とほとんど対等に話している同年代の男性。・・・何者だろう?


私以外にも専務に気づいた社内外の人もそう考えたように感じたが、何かのリアクションをさせる間もなく、


「さて、とりあえず何か飲みますか! 流石に今の時間だとアルコールは無いみたいだから、ウーロン茶でもいいですか?」


「あ、それでは、頂きます」


そんな会話の後、驚くことに専務が自ら、自分と男性用にウーロン茶をペットボトルから紙コップに注いで持っていった。

私以外の会社の人が慌てて止めようとするが、専務自身にそれとなく遮られる。


(ああ、これが噂に聞く「専務の悪ふざけ」か)


私は専務に関するある噂を思い出す。専務はその豊富な実績から、社内ではもちろん業界内でもちょっとした有名人だ。

だが、そういったことを知らない社会人も、当然ながら無数いる。そういった自分を知らなそうな相手に、肩書を明かさずその人の考えを聞くことがあるらしい。それを社内では「専務の悪ふざけ」と言っている。

・・・まぁ、そう言った情報収集力も専務の仕事のできに繋がってるかもだけど、さて、今回の相手はどういったことを聞かされているんだろう?


「さてさて、じゃあさっそく、・・・さっきの講演、あなたはどういった感想を持ちましたか?」


よりによって、私のことですか!!?



・・・こうなってしまっては、私は近づけない。かと言ってここから出不自然に退室したら逆に目立ちそうだし・・・

とりあえず顔を見られないよう、専務たちとは逆向きに立ち、食事を取っているように装う。

そしてその状況を察したのか、うちの会社と思われる二人組が、会話をしながらさりげなく専務側から私が見えなくなるような位置に移動する。空気読む方いるなぁ・・・


「先程の講演ですか?声の大きさやスピード、出された資料も見やすくてわかりやすい講演だったと思います」


「ほうほう」


ひとまず講演自体は、悪い印象では無いようで安心した。ただ、


「ただ、」


その男性はどういった風に言えばいいかなぁ?と言った口調で、感想を続ける。


「何て言えばいいんですかね?もちろん男女平等を否定する気は全くないのですが・・・」


・・・中身について言ってくれてる?


「そうですね。・・・まず、なんで「男性重視の社会」にそもそもなっているのか、ですかね?」


男性からの思わぬ角度の疑問に、聞き耳を立てていたおそらくみんながキョトンとなる。


「男性重視の社会の理由」ですって?


「それは。・・・言われてみれば、はっきりとこれとは出ませんね」


私も専務と同じ答えだ。


「私もそういった歴史とかに詳しい訳ではないので、あくまで私自身の考えなのですが、」


前置きをした上で、彼自身考えをまとめるように話を続ける。


「仕事って、「人間が生きてゆくうえで必要な仕事」が一番最初に来ると思うんですよ。「衣食住」の充実ってやつですね」


「・・・まぁ、そう言えるかもですね」


「衣類、紡績?の歴史については、私は全く知らないのでここでは考慮しないようにさせていただきますが、」


「食、狩りいわゆる畜産と農業。住は建築ですね。さて、こういった仕事では男性と女性どちらが向いていると思いますか?」


「それは、・・・男性でしょうね」


男性はコクリとうなづいた。


「そうです。その理由は「力」と「体力」が求められるから。この二つは平均すれば男性の方が高いのは、昔からわかっていたからだと思います」


「・・・・・」


「その後は武士、兵士といった「軍人」も代表的な職業と言えるでしょう。もちろん優秀な女性個人ならいたかも知れませんが、組織として考えるなら男性を集めるでしょう」


「そしてそれは、「力」や「体力」を重視しない仕事が主流になるまで続いたと私は考えます。言ってしまえば機械化・・産業革命?日本でいえば明治の「文明開化」以降ようやくだと思います。ほんの100年前とかですね」


「・・・と言っても、高度成長時代の主要産業は「工業」。これもまだ「力や体力があるに越したことはない」と言った感じでしょうから、男性重視なのは必然かもですね」


「・・・となると?」


「はい。そう考えると「力」や「体力」を重視されない、いわば「知能」仕事が主流になったと言えるのは、昭和も後半、下手すれば平成に入ってからと言えるかもですね」


「・・・・・・」


男性の考え方は、極端と言えばそうだろう。

・・・だけど、なんとなく否定もしずらい。

つまり自分は、数千年の歴史に歯向かおうというのか・・・


「つまりあなたは、「男性重視の社会」は然るべきだと?」


男性は何故か首をかしげて言った。


「「機械化」が進んでいない、あるいは難しい仕事では、今後もそうでしょうね。ですが、」


「最近の社会や会社が推し進めているのは、「機械化」じゃないですか?」


「ハッ」となる。おそらく、専務も含め、聞いている人みんなもだろう。


「「機械化」が進むことで、「力仕事」や「体力仕事」から解放される。それはつまり女性も同じ仕事ができるようになる」


男性はまだ何か考えたように続ける。


「う~ん、どっちかと言えば「男性重視である必要がなくなる」ですかね?」


それはどう違うのだろう?同じ疑問を抱いた専務が尋ねる。


「・・・それは言い換える必要があるのかね?」


ニュアンスの問題ですが、と小さく言い


「「女性も同じ仕事ができる」では、なんとなく「女性にもやらせてやってる」みたいにも聞こえませんか?」


言われてみれば・・・


「ですが、「男性重視ではなくなる」と聞くと、こう思いませんか。「じゃあ、何を重視するの?」って」


これまたなんとも・・・


「そこで焦点になるのは、「個人の能力」だったり「適性」、「経験」とかになる気がするんですよね。なんとなくですけど」


「少なくともそこに「男性だから」「女性だから」と言った理由は入りにくいと思うんですよ。」


「それが「真の男女平等」って言えるんじゃないかな?って私は思うんですよね。まぁ、思うだけで具体性はないんですけど」


男性は自分の発言を恥じるように、次の言葉で締める。


「でもこう考えれば、会社が「機械化」を進めるなら「男女平等」に近づくことになります。逆説的に言えば、「男女平等」ができないあるいは進まないということは、「機械化」という社会の流れに溶け込めない会社といった印象を持たれるかもですね」


何て暴力的な理論だろう。・・・だが、これもすぐに否定はできない。

それはそうだろう、そもそもこの理論の大前提が考慮外だったのだから。


「これがまぁ、私の講演の感想、と言いますか思ったことですね。長々と失礼しました」


「・・・いえ、」


専務は苦笑しながらも、


「面白い考え方で大変参考になりました。良かったら握手してもらえませんか?」


専務はこう言って、「無名のまだ若造」に握手を求めた。

専務という肩書を知る者はびっくりするかもしれないが、この場の誰も驚かない。私もそうだ。


「えっと、・・・そう言って頂いて恐縮です」


男性は目上の人からの要望に応えないのは失礼と思ったのか、両手で握手する。


「・・・これは、他にもあなたにはいろいろ聞いてみたいですね。とりあえず一つ質問いいですか?」


この状況になっても、男性はびくっとした感じになる。

それが妙に私にはおかしかった。


「なんでしょう?私が答えられることであればいいんですが」


「答えられますよ。・・・いえ、答えてくれるかはもちろんあなた次第ですが」


なんだろう?次の瞬間、専務は今更のことを尋ねた。


「あなたの、お名前を伺っていいですか?」


これには私含め、間違いなく聞いていた皆がキョトンとなる。聞いてなかったんですかい!?

・・・まったく、なんだろ、この二人の会話は。

私はついおかしくなった。


そして、キョトンとなった男性が、恥ずかしそうに名乗る。


「これは失礼しました。私、「瀬崎」と申します」


・・・これが私、前野貴美子が彼、瀬崎という人物を知った最初でした。

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