合縁奇縁
暖炉の灰を掻き出すための鉄の棒は、ギャナンの額を捉え、
「ゴッ!!」
という嫌な音を立てて、彼を弾き飛ばした。
肉が裂けて血が溢れ出し、ギャナンの体が痙攣を起こす。明らかに尋常じゃない姿だった。にも拘らずアラベルは、部屋の窓を開けて、おまるに入った自分の糞を投げ捨てながら、
「とっととくたばりな! そうすりゃバラバラに捌いて豚に食わせてやるからよ!」
意識を失い痙攣を続ける、もうすぐ七歳を迎える我が子にそう吐き捨てた。彼女にとって子供は、窓から投げ捨てた糞と変わらない価値しかない<汚物>同然のものだったようだ。
まあ、尻を拭かせる程度には役に立つとも思っていたが。
しかしこれでも、ギャナンは生き延びた。三日間、部屋の隅に倒れ伏したまま放置されてもだ。
実はこの時、頭蓋にヒビまで入っていたのだが、幸か不幸か、生命の維持に支障のある種類の障害は発生しなかったようだ。とは言え、適切な治療さえ行われなかった彼の額には、見るだけで吐き気をもよおしそうな醜い傷が残り、同時に、この頃から彼の目の奥では、それまでの<虚無>とは違う何かが揺らめき始めたのも事実であった。
なのにアラベルは我が子の変化に気付くこともなく、女の赤ん坊を生んだ。
「なんだよ、女かよ……!」
左官屋の男は心底がっかりし、そう吐き捨てた。それと同時に我が子への関心も失い、一切をアラベルに押し付け、さらには男児を生まなかったアラベルに対する関心も薄れ、飲み屋の従業員の若い女に入れ込んで、家にも帰らなくなっていった。女の家に泊まり込んでいたのだ。
「クソが……! 男なんざ金を持って帰ってなんぼだろうが! 金を持って帰らない男なんざクソ以下だっての!!」
家に帰らず、当然、金も持ってこない左官屋の男を見限り、アラベルは、目についた家財道具を持てるだけ持って、やはり逐電した。
赤ん坊を男の家に置き去りにして。
その赤ん坊が力なく泣いていたのを隣人が気付き、保護された。しかし、家の住人だった左官屋の男は養育を拒否。これにより、老夫婦とその娘が暮らす隣家の子として迎え入れられることとなった。
実は、娘は子ができない体で、それが原因で婚約を破棄された経験があったのだが、アラベルが生んだ子の泣き声を聞いているだけでなんと乳が出始め、その乳により、赤ん坊は命を取り留めることとなった。
まったくもって<合縁奇縁>とはこのことか。生みの母親には一顧もされなかった赤ん坊が、それこそ縁もゆかりもなかったはずの赤の他人に愛され、数奇でありつつも幸せな人生を送ることになるのだから。
とは言え、それについての詳細は、ここでは割愛する。
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