このためにお前を産んだんだよ!
ノェ
ルゥオルイ
ンフルゥィフエヌ
ロア
ロア
ムヌゥフイェヘ
ギャナンはそう心の中で唱え続けたが、あの少女のような変化は彼には訪れなかった。
もっとも、ギャナン自身、あの少女のようになりたかったわけではない。ただ何となく少女が口にしていたその<歌>が耳に残り、何気なく頭の中で繰り返していただけだ。
そうしているうちにアラベルが、左官屋の男の子を宿した。
「…ったく、またガキかよ……」
アラベルは妊娠の兆候に気付き、忌々し気にそう口にする。その一方で、左官屋の男は、
「俺の子か!」
と嬉しそうだった。彼女が連れていた、いや、正確には勝手についてきていただけだが、ギャナンのことは邪険にして虐げていたにも拘らず、<自分の子>は歓迎したようだ。
「男がいいな。絶対に男だ。男を産め!」
などと、勝手なことを口にする。自分ではそんなことは決められないというのに。
アラベルも、
『自分で選べるわけねえじゃねえか。ったく、バカな男だ』
と心の中では毒吐いていたものの敢えてそれは口にしなかった。取り敢えず今はこの男の稼ぎが必要だったからだ。
「……」
ギャナンは、そんな母親の姿を、やはりあの死んだ魚のような目で見ているだけだった。
こうして二人目を妊娠したアラベルだったが、本人はまるでそんなことには頓着もせず、
「悪阻が楽になるから」
「メシが喉を通らないから」
と酒を飲み、男と激しく交わり、妊娠中とはまったく思えない雑な生活習慣を続ける。どうやら本人としては、流産してほしかったようだ。
なのに、胎児の生命力が強いのかそれともアラベル自身の意思とは関係なく<母親としての体>が我が子を守ろうとしてか、妊娠は順調に推移した。
「まったく……こいつといいあいつといい、どこまであたしに迷惑掛けるつもりだ……!」
自分が子を生すような行いをしていたのを棚に上げて、アラベルは、男が仕事に出ている間に大きな腹を抱えたまま酒を飲み、吐き捨てるようにそう言った。そして、
「あ~、クソ、クソ。クソしてえ~…どっこいしょ……!」
などと呟きながら大儀そうに立ち上がり、<おまる>を出してきてそれにまたがって、糞をひり出す。それから、
「おい! 何してんだ! さっさとケツを拭け!!」
部屋の隅で座り込んでいたギャナンに向けてそう命じた。さらに、
「このためにお前を産んだんだよ! さっさとしろ!」
とも怒鳴りつけた。しかも、ギャナンがノロノロとして面倒臭そうに布の端切れで母親の尻を拭くと、ぐわっと立ち上がり、暖炉の脇に立てかけてあった、灰を掻き出すための鉄の棒を手に取って、
「もたもたしてんじゃねえよ! このクソが!!」
さらに怒鳴りつけながらギャナンの頭目掛けてそれを振り下ろしたのだった。
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