潮時

『やれやれ、結局、何も分からずか……』


鍛冶屋まで連れてきて調べさせておいて何一つ判明しなかったことに、若い神父は溜息を吐いていた。


が、何やら恐ろしい事件があったそれとはいえ、<自分の教会>を得たことで、若い神父はある意味、有頂天にもなっていたようだ。


「神父様…私達はこれからどうすれば……?」


不安げに問い掛ける信徒達には、


「ああ、あなた達は、これまでと同じでいいですよ。これまでと同じく、しゅのために働いてください」


と、ニヤケ顔でそう言っただけで。


「はあ……」


信徒達は戸惑いながら互いに顔を見合わせる。なにしろ、前任の神父は、信徒達がそうして不安そうにしていれば、優しく声を掛け、どのような心持ちでいればいいのかを丁寧に説いてくれたのだ。


極めて下衆な性根を持っていたとはいえ、少なくとも表向きは立派なフリをすることもできる神父だったのである。それが、今度の若い神父は、不幸に見舞われた前任の神父のことをまるで案じているように見えない、それどころかひどくにやけた表情をしていて、どうにも不謹慎なようにしか思えなかった。


とは言え、他に頼る先もない信徒達は改めて礼拝室に赴き、前任の神父の安らぎと、自分達の救済を心から祈った。その中に、少女の母親の姿もあった。


しかし、アラベルの姿はない。


『ち…っ! なんかいけ好かない野郎だね。今度のは。しかも、メシも寄越さなかった。こりゃ、潮時かな……』


彼女は、どうにもその手のことには鼻が利くようで、食器のいくつかを袋に詰めて、早々に逐電してしまった。そんな母親を、ギャナンも追う。




そうして、アラベルとギャナンが立ち去った教会が夕焼けに包まれる頃、<何か>がそこに現れた。そう。<何か>だ。誰にも悟られず、誰の目にも止まらず、誰の耳にも聞こえず、誰の鼻にも嗅ぎ取れない、<何か>。


それは教会の裏手の林の中から現れ、いや、誰にも気配すら察知できないのだから、『現れた』という表現が正しいかどうかは分からないもののとにかくそこに存在し、開け放たれた窓から誰にも悟られずに侵入し、わずかに開いていたドアの隙間をすり抜けて、若い神父が日誌をつけていた室内へと侵入した。


この際、ドアが「キイ……」と小さく音を立てて動く。


「?」


物音に気付いた若い神父が振り向くとドアが開いていたことを察して、


『ちゃんと閉まっていませんでしたか。どうやらちょっと建付けが悪いみたいですね。直してもらわねば……』


そんなことを思いつつ改めて閉めようと近付いた瞬間、若い神父の意識は、<何もないところ>へと落ちていったのだった。


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