骨折り損のくたびれ儲け

そうして、アラベルとギャナンが新しい部屋(物置)に移ろうとしていたその時、数人の兵士に連れられた鍛冶屋の男が教会を訪れた。


「こっちだ」


一昨日も現場を検分していた<隊長>が、鍛冶屋の男を前任の神父の私室だった部屋へと案内する。そして床下に落ちた<刃物のオブジェ>としか言いようのない異様なそれを見て、


「なんですかい? これは……?」


と口にした。その鍛冶屋の男に対して、隊長は、


「それをお前に調べてもらいたい。こいつは、鉄の鎖さえ切断し、あまつさえ床板さえも貫いてこうして床下に落ちたのだ。我らではまったく見当もつかん」


肩を竦め頭を振りながら言った。


が、それを聞いた鍛冶屋の男も、


「いや、そんなことを言われても、あっしにも何が何だか……見たところ、確かに剣を束ねたもののようにも思えますが……」


言いながら、皮手袋を付けた手を伸ばし、剣らしきものに触れようとした。


「気を付けろ。鉄の鎖さえ切り裂く剣だ。指くらい簡単に落ちるだろう」


脅すわけではなく、本気で注意を促そうとしてそう告げた。しかし……


「あ……?」


しかし、鍛冶屋の男が軽く触れたと同時に、まるで砂が崩れるかのようにポロリと折れて砕け散った。そしてそれがきっかけになったかのように、次々と剣のようなものが崩れて粉になっていく。


こうしてわずか数秒の間に<刃物のオブジェ>のようにも見えていたものが、ただの砂の山、もしくは<塩の山>のように変わり果てたのだった。ちょうど、幼児一人分くらいの量の。


少女の姿はどこにもなかった。少女はおそらく、この形になると同時に命が尽きていたのだろう。もっとも、この場にいた誰一人、それが元は幼い少女であったことなど想像さえしていなかったが。


「お前、何をした……!?」


隊長は詰問するものの、


「いえ! あっしは何も……!!」


鍛冶屋の男ももちろんまったく心当たりがなく、うろたえるだけだ。


「……」


そのやり取りは、新しい部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいたギャナンの耳にも届いていたが、彼は何もするでもなくやはり死んだ魚のような目を虚空に向けていただけだった。




一方、砂のような塩のような<粉>に変わり果てた謎の物体を、兵士達はスペイド(シャベル)を使って慎重に掬い上げて木の箱に収め、持ち帰って調べるべく教会を去っていった。鍛冶屋の男については、


「ああ、お前はもういいぞ。このまま帰れ」


と、来る時は馬車に乗せて連れてきておきながら、帰りはその場から歩いて帰れとばかりに言い放って。


「ええ…? そんな……?」


気持ちばかりの粒銭(千円相当)が入った小袋だけを持たされてお払い箱にされた鍛冶屋の男は、文字通りの、


『骨折り損のくたびれ儲け』


で、教会を後にすることになったのだった。


ただし、早々に立ち去ったことで、その後に起こったことには巻き込まれずに済んだのだが……


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