歌
ギャナンは、神父に何をされても冷淡な様子を崩すことはなかったが、少女の方は、あまりの恐怖に心が凍り付いた様子だった。
しかも神父は卑劣にも、
「お前達は、特別に選ばれたんだ。これはお前達だけに施される儀式なんだ。他人に口外してはいけない。もちろん、母親にもだ。特別なこの施しが他人に知れたら、もろとも悪魔に攫われるだろう。母親を悪魔に攫われたいかい?」
ギャナンと少女に口止めを図ったのである。
「……」
もっとも、ギャナンはただ冷めた目を向けていただけだったが。しかし、少女の方は、
「……!」
ぶんぶんと頭を横に振り、
「誰にも言いません……!」
と、青ざめた表情で誓ったのだった。
それもあり、アラベルはすべてを察していたものの、少女の母親の方は娘が特別に大切にされていることに安心して、何も考えないようになってしまったようだ。多少、娘が暗い顔をしていても、
『環境が変わったから、少し疲れたんだろうな』
程度にしか考えなかったのである。
人間は、自分が見たいものしか見ない傾向があることを証明するかのような事例だった。
それが後に何を招くのか、考えもせずに。
さらに一ヶ月。ギャナンと少女は、神父に毎晩のように弄ばれ、しかも二人で絡まされて、神父がそれを悪鬼のような笑みを浮かべて鑑賞するという日々が続いた。
けれど、そのことがさらにおぞましい<存在>を招いてしまったのかもしれない。
自分ではどうすることもできない地獄のようなその状況に、少女の心はズタズタに引き裂かれ、子供らしい笑みを浮かべることもあったその顔には、ヘドロのごとき絶望がこびりついているかのようであった。
そしていつしか、少女は、誰も聞いたのことのない、外国の歌のようなものを呟くようになっていた。
「ノエ…ルゥオルイ……ンフルゥィフエヌ……ロア…ロア……ムヌゥフイェヘ……」
闇にぽっかりと開いたような心のない目を中空に向け、少女はただそれを囁くように歌い続ける。
神父の前以外では。
もっとも、神父に組み伏せられながらも、ギャナンと絡まされながらも、実は心の中では少女は歌い続けていたのだ。
だが、その日は……
ノェ
ルゥオルイ
ンフルゥィフエヌ
ロア
ロア
ムヌゥフイェヘ
ゲベルクライヒナ
「ゲベルクライヒナ!!」
神父のおぞましい欲望を注ぎ込まれていた少女の口から、突然、とても本人が発したとは思えない、それどころか人間が発せるとは思えない絶叫が迸り、同時に、その体が<何か>に変化した。
そう、<何か>だ。なんと表現していいのか、その瞬間を目撃したギャナンでさえ分からない、
何か。
であった。
そしてその<何か>に全身を貫かれ切り裂かれ、神父は一瞬で、元が人間であったとは一見して分からない、<血に濡れたボロ布のごときもの>に変わり果てたのだった。
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