銀色の森の向こうで

Ivelna

Prologue セシルと青の酒場

朝のまぼろし 夜の目覚まし

呑気な狩人 銀のチョコレート


セシルの日常は、そんなつまらないもので出来ている。



セシルと青の酒場



「マスタァ、今日もアレくれよ、あのーなんとかのワイン!」

「何とかじゃわかんないわよ。いいから早く席に着きなさいこのへべれけが。…うわ、酒くっさ…」

月が南の空に浮かぶ頃、ジルバの街の小さな酒場、バー・ブルーローズは開店する。

彼の店を訪れる者の多くは、近くの「銀の森」帰りの狩人たちだ。

銀の森_____それは魔なるものの生命の源「魔力」を霧散させてしまう神秘の森で、魔者が迷い込むや否や数分足らずで死に至るという奇跡のような土地だ。

狩人はただここに入り、じっと獲物がやってくるのを待てばいい。

根気さえ忘れなければ褒賞金は彼らのものだ。

たとえ自分の実力では決して敵わないような大物でも、この森では何の苦労もせず倒すことができてしまう。

ということで、森近くのこの酒場は今やすっかり怠け者な狩人たちの溜まり場となってしまった。

「ほんと、馬鹿な奴ら」

アタシの正体も知らないで、ぽつりとセシルは零した。


セシル・ロージスは吸血鬼である。

千年前、ロージス公爵家の跡取りとして生まれた日からずっと、生粋の吸血鬼としてこの世界を生きてきた。

家督は継がずに逃げ出したが。

(狩人にとっては天国、魔者にとっては地獄。…いや、ある意味では天国ね)

セシルは長くはないが短くもない千年ほどの歳月の中で、実に様々な光景を目にした。

英雄と魔者、その原初、正義と悪、その逆転。

誰も悪くないから、誰もが悪い。

紡がれた輪廻の糸は繋がったり、また途絶えたり。

「銀の森」は滑稽な人と魔物のいたちごっこを静かに見守ってきた。

一見すればそれは人間の味方をしているようだが…ある時は魔者たちの安らぎの場所となった。

人に排斥され、居場所を無くし、死を望む魔者にとってはこれほど素敵な土地はなかったのだ。

死にたがりの魔者が現れはじめたのはちょうど、おとぎ話の英雄の子孫たちが連帯して、「英雄協会」という正義の組織を作りはじめたあたりだ。

人の声は大きくなり、魔者の立場はますます悪くなって…

(そうだ。そんなとき、あの子たちと出会ったんだ)

セシルの頭の中を唐突に駆け巡るのは、埃かぶった宝箱のような記憶。


それはとうに世界に忘れ去られた、少しいびつなおとぎ話。


朝のまぼろし 夜の目覚まし

逃げ惑う狩人 錆びた銀の弾丸


セシルの日常が、少しだけ色鮮やかだった頃の物語。

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