Il mio cuore è come il ghiaccio 私の心は氷のように

『Il mio cuore è come il ghiaccio 私の心は氷のように』


私の心は氷のように

冷たく凍てついて

あなたの不実を許さない

もう愛の行方を追うことはない

 

 まぼろしのように

 ふたつの小舟がすれ違う

 湖面はさざなみ 白い月に輝く

 ふいに櫂を手放したあなた

 この湖を進むのは私だけ

 太陽の光も鳥のさえずりも

 美しい星々もすべてが消え去る

 はじめから 

 そう決められていたかのように


私の心は氷のように

冷たく凍てついて

あなたの不実を許さない

愛の行方を追うことはない

私の心は氷のようであるけれど

もう二度と 溶けることはないだろう



「ミカコさん、この曲覚えてます?」

「うーん、覚えてないなあ。」

「ほら、演奏会で歌ったじゃないですか。どうしてもこの曲が歌いたいって言って……。」


 その日、海に行きましょう、と誘ったのは私の方だった。ミカコさんはとても上質な麻のワンピースを着ていた。血を少し薄めたような赤。華奢なサンダルが憎らしいほどうつくしかった。


 海に行く前に立ち寄ったレストランで、私はよく冷えたカヴァを飲んだ。ミカコさんは、珍しくアルコールを口にしなかった。代わりにペリエをやたらと飲んでは、唇ときゅっと窄めた。

 食事がドルチェに差し掛かったとき、店のスピーカーから低く流れてきた『 Il mio cuore è come il ghiaccio』が酔いの回った頭に響いた。好きな曲だ、と思う。ピアノと声が対話をしながらも、時々ぴったりと重なる。ミカコさんの声質にもとてもよく合うこの曲。


「このピアノは『伴奏』じゃない。もうひとつの『声』だと思って弾いて。」


 ミカコさんは、あのとき私にそう言った。私もそれに応えようと努めた。きっと覚えているはずだ。私達はあのとき、それをふたりでできたのだから。


「ミカコさん、覚えてませんか?」


ひとしきり考えて、ミカコさんは言った。


「ああ!そうだったね。ちょうど奴と別れたばっかりで、腹いせに歌ってやったんだった!一番高い音でトチったよね。あーやだやだ。それはそうと、このあと何処に行く?」



 

 6月と言っても、太陽は容赦なく私達を照りつける。砂浜はじりじりと焼け、波も夏の牙をのぞかせるように荒々しい。海に誘ったことを少し後悔しはじめた私をおいて、ミカコさんは勢いよく砂浜を歩いていく。


 「ミカコさん、汚れますよ。」

 

 「海に来るとさ、いろんなことがどうでもよくなるよね。」


 私の声はミカコさんには届かない。波打ち際まで来ると、ミカコさんはサンダルを脱ぎ捨てて波を蹴った。ワンピースの裾が濡れて、赤が本当の血の色に変わる。


 海水を被った私のコンバースが、ずん、と重くなる。私は素足にはなれない。靴を履いたまま汚れていく。


 いつのまにが遥か遠くまで行ってしまったミカコさんが、こちらを振り向いて何か叫んでいる。

 聴こえない。波と風の音で何も聴こえない。ミカコさんが叫ぶ。歌、なのかもしれない。けれども私はその音楽をもう、聴くことができない。

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