第21話
ジュードを除く一行は村にたどり着くと、すぐさま村長の家に向かった。
村長は驚きながらも一向を快く迎える。
「なるほど、妖物は二匹おりましたか…」
証拠の品として持ち帰った二匹分の牙を見て、村長はため息をついた。
「一匹は恐らく丘に迷い込んだ者を、一匹は積極的に旅人を襲っていたと思われます」
士英の言葉に、村長は頷く。
「ところで、我々の力を借りたいとは、いったいどのような事です?」
「今まで妖物が奪った財宝と…恐らく今まで行方不明になった者たちが数人、氷漬けにされて残されています」
「なんと?!」
「それを、運んでもらいたい」
村長は士英の言葉に驚いたように目を見開くと、その顎髭を撫でた。
「しかし、氷漬け…とは?」
村長の疑問に、士英は件の妖物の氷の息の話を村長へ語った。
「その者たちは…生きておるのですか…」
「生きていると信じています。我々の仲間も一人氷漬けにされていますから…」
「ふむ…」
村長は少しの間思案したように黙ると、そのまま奥の部屋へと消えた。
しばらくして、村長は何冊か書を持って戻ってくる。
「それは?」
「我々の村に伝わる書です。もしかしたら…氷漬けの者たちを戻す手がかりになるやもしれません」
そう言って、村長はある頁を開いて見せた。
「この村の少し先に華潤宮という、昔の皇帝の離宮跡があります。そこは温泉が有名でしてな、それで周宗皇帝の時代に離宮が作られたのでございます。そして、その温泉は『火の精霊』が存在しているから湧き出ている…と言われております」
「火の精霊、か」
「そうです」
村長は書をめくりながら答える。
「その火の精霊の知恵を借りればあるいは…氷を溶かし、元に戻る手立てが得られるかもしれませぬ」
しかし、と村長は続けた。
「華潤宮の温泉が廃れたのは、人間と火の精霊が仲違いをしたからだと言われております。それで、火の精霊が人間に力を貸さなくなったからだと…」
「つまり、火の精霊としてはオレたちを「大歓迎」するというわけではないかもしれない…って事だな?」
「その通りです…」
村長はそういうと、暫し黙る。
「ふむ、しかし…手がかりがそれしかない以上、行くしかないよなぁ」
ユースィフの言葉に、村長は深々と頭を下げた。
「妖物退治をしていただいて、こんなことまでお頼みするのは本来筋違いかと思いますが…あなた方を見込んで村の者を生き返す手立てをお願いしとうございます」
「いや、そもそもオレたちの仲間の一人も同じ身だ。全員助かるならそれに越したことはない」
ユースィフはそう言うと、その顔を綻ばせた。
「ありがとうございます…。その代わりと言ってはなんですが、妖物が奪った財宝は全て皆様でお持ちいただいて結構でございます」
村長の言葉に、ユースィフは笑う。
「いやいや。もしかしたら、宝のうち一つ二つ分けてもらうことがあるかもしれないが、基本はあなた達のものだよ」
「しかし、それでは…」
言い淀む村長に、士英は言う。
「そもそも、財宝はあなた方が妖物から奪われたものです。ですから、あなた方の手に戻すのが筋というもの。お気になさらず。我らの主人は…何というか…おおらかな人間なのです」
士英の言葉に、ユースィフは苦笑いをした。
「それは、褒めてるのか?」
「なぜ貶していると思うのです」
至極真面目に言う士英に更に苦笑いを深めると、ユースィフは「では」と話を戻す。
「では、丘に残った荷物と人間達を運ぶのはお願いしてもよろしいか?」
「勿論でございます」
村長は深く頷くと、請け合った。
「ああ、そうだ」
ユースィフの言葉に、村長は小首を傾げた。
「何でございましょう?」
「申し訳ないが、馬を人数分借りられないか…?諸事情があって、馬を用意できなくてな…」
ユースィフの言葉に村長は不思議に思いながらも、快諾をした。
一行はすぐさま馬上の人となり、華潤宮へと向かう。
小狼に乗っていかないのは、火の精霊をこれ以上刺激しないためだ。
どこまで人嫌いになっているかわからないが、なるべく穏便に行きたい……それができればだが。
「なあ。羊桂英の簪が置かれて結界が張られているのが華潤宮。火の精霊が居るのも華潤宮。これは無関係だと思うか?」
ハーシムの言葉に、士英は顔を曇らせながら言う。
「無関係……であれば良いのですけどねぇ」
「ま、無関係ではないだろうな」
あっけらかんとユースィフが言うと、でしょうね、と士英は答えた。
「なんにせよ、行ってみなきゃ始まらないさ……」
「……」
「どうしました、アスアドさん」
「いや……もし、戦闘になったら、と言うことを考えていた」
「……あまり最初から嫌な想像するなよ……」
アスアドの言葉に、ハーシムが顔を顰めた。
アスアドそれに構わず話を続ける。
「相手は精霊だ。しかも、あまり人間にいい印象を抱いていないという」
「そうですね」
士英の言葉に、アスアドは手綱を握りしめて言った。
「一方的に戦闘を仕掛けられる可能性も否定できない」
「まあ、それはそうだな」
「そうなった時、おれの剣は精霊に通じるのか?」
「……」
アスアドの言葉に、一同は黙る。
「おれの剣は退魔の剣だ。妖物には効く。しかし、精霊は『魔』なのか?」
「幻獣に効いたんだ、精霊にも効くんじゃないか?」
ハーシムの言葉に、アスアドは言葉を継ぐ。
「そうだといいが……」
「加えて、今はジュードさんも居ませんしね。怪我をしても、治す手立てがない」
士英の言葉に、アスアドは大きく頷いた。
「それが問題だ。ユースィフ様が万が一怪我をされた場合……」
「なんでオレなんだよ」
アスアドの言葉に、ユースィフは意地悪そうに聞く。
「あっ!いえ!決してユースィフ様が弱いとかそう言うわけでは…!!」
「そうだよな。ユースィフが本気を出したら、お前なんか瞬殺だよな」
「ぐっ……」
ハーシムの言葉にアスアドはジトリと視線を向けた。
「なんだよ、本当の事だろうが。魔術師以外、だれも魔術師になんか敵わないさ……」
「そうですよ、アスアドさん。基本的に、魔術師の方はこの世の中に極少ない。その方々を除けば、あなたに勝てる人なんて殆どいないでしょうから、気を落とさないでください」
士英のいうことはある意味正しい。
魔術師という存在は、この世界の特異点である。
それだけ存在が珍しいのだ。
数で言えば1千万人に1人程度のものである。
しかも、魔術師としての質を考えると、実質魔術師と名乗れる存在はもっと少ない。
能力として、小石を転がす程度の力の魔術師から、山をも動かす力を持つ魔術師も存在するのだ。
そして大抵は前者であり、後者の方が圧倒的に少ない。
しかし、魔術師の周りには何故か魔術師が集まる、という法則は古来より存在するが。
「……あまり慰めるな。余計に気落ちする……」
アスアドの言葉に、一同は笑いながらも先を急いだ。
しばらく馬を走らせると、華潤宮が見えてきた。
城壁は崩れ、地面には雑踏が生い茂り、柱には蔦が絡んでいる。
宮殿跡というよりは、廃墟といった方が良いほど宮殿は廃れていった。
一行は入り口に馬を繋ぎ、宮殿の内部へ進んでいった。
「さて、精霊というのはどこにいるのだろうな…」
アスアドの言葉に士英は円覚の言った言葉を思い出していた。
「円覚さんは結界の要に簪を置いた、と言っています。恐らく、どこかにそれらしい呪物があると思いますので、まずはそれを探しませんか?」
「まあ、結界と精霊が無関係だとは思えないからな……」
ハーシムの言葉に頷き一行は歩を進めると、広い中庭へ出た。
今は廃墟と化しているが、以前はそれは豪奢な中庭であったであろうことは想像に易い。
「もしかして……ここは、景興さんが話していた、羊桂英と陸曄と逢引きした離宮の中庭なのでしょうか」
「恐らくそうなんだろうな」
「……オレが羊桂英でも、よりによってこんな因縁の場所に自分の遺品を置かれたら、化けて出る」
ユースィフはハーシムの言葉に苦笑いをすると、中庭の奥へと歩き続けた。
「ユースィフ殿。あなたが術者なら、どこを要にします?」
「うん……そうだな、オレなら一番地の力が強い場所にするーーま、つまりこの辺りだな」
すると、今までユースィフの周りをちょこちょこと走っていた小狼が、小さく吠えた。
「ウォン!」
そして、そのまま一行を先導するように走り出す。
「まったく、よくできた犬っころだな」
「冗談言ってないで行くぞ」
「へーへー」
小狼はそのまま暫く走ると、ある小さな祠の前で立ち止まり、四人を振り返った。
「この祠だけ、朽ちていませんね」
「つまり、後から作ったものだということか」
「或いは朽ちないように結界が張ってあるのかもしれません」
四人は顔を見合わせる。
ユースィフはふう、とため息をつくと躊躇いなくその祠を開けた。
「ユースィフ様!」
「まあ、ここまできて何もしないわけにもいかないからな。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」
そう言うと、ユースィフは祠の中に祀られている簪を手に取る。
ユースィフの手によって祠から簪が出た瞬間、パンッという音と共にまるで空間にひびが入るような不快な感覚が身体中を襲った。
「くっ……」
「結界が解かれたようですね」
「さて、どうなるか……」
ユースィフは取り出した簪を眺めながら、この場に不釣り合いなほど楽しそうな笑顔を見せた。
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