第19話

アスアドは空中を睨むと、その妖物の姿を確認する。

その鱗は鰐のようにゴツゴツとしており、その手足には鋭い爪が付いていた。

おまけに、蝙蝠の羽のような翼までが生えている。

顔は蜥蜴のようで、赤い鋭い目と牙がギラついていた。

間違いなく、旅人を襲っていたのはこの妖物だろう。

アスアドは大剣を抜くと、静かに構えた。

しかしーー。

アスアドは剣を構えながらも、逡巡していた。

相手は空の上である。

小狼の時のように地面に降りてきてくれれば戦えるが、この妖物は降りてくる気配がない。

当然といえば当然かもしれない。

小狼はユースィフたちを排除するためにやってきた。

だから、躊躇うことなく地面に降りてきて戦いを挑んだ。

しかし、この獣は『何者かわからない者に自分の巣を占拠されている』訳であって、警戒心を解いていない。

空から動向を見極めようと思うのも無理はなかった。

ーーさて、どうするか。

あの硬い鱗では、恐らく矢を射ても大した傷にはなるまい。

やはり、直接刃を入れるしかなさそうだ……。

「ーーユースィフ様」

「うん?」

アスアドは視線をユースィフへやると、ついて小狼を見やる。

「相手は空にいて、降りてきそうもありません。ですので、こちらも空に上がる必要があります」

「ああ」

ユースィフはアスアドの考えが読めた様子で頷くと、小狼の頭を撫ぜた。

「お前の思う通りにやってくれ、アスアド」

「ありがとうございます」

ユースィフは小狼に向き直ると、優しく質す。

「手伝ってくれるか?小狼」

「キュウウン!!」

小狼は嬉しそうに鳴くと、その身体をムクムクと次第に大きくさせる。

丁度、アスアドが跨ることができる程度の大きさになると、アスアドをその背に乗せ翼を羽ばたかせて空へと向かった。

獣はその様子に、侵入者がいることに苛ついていた顔を更に苛つかせ、視線をアスアドへと送る。

バサリバサリと、巨大な蜥蜴のような生物は羽音を響かせ、アスアドを見つめた。

突如、蜥蜴は大きくその口を開けると鋭い咆哮をあげ、アスアドへその牙を向ける。

「ギャオオオオオオオ!!」

「ウオオオオオォォォン!!」

小狼は空中で振り下ろされた牙を避けると、負けじと咆哮を上げた。

アスアドは小狼の背で機を見計らうと、小狼に指示を出す。

小狼は蜥蜴の攻撃を避けながら、アスアドの言うとおりスルスルと滑らかに動いた。

「よし、いい子だ」

蜥蜴は、自分の攻撃が全て躱されるのを見て、怒りを募らせる。

歯をカチカチと鳴らし、その翼で小狼を叩き落とそうとした。

バサリと凄い風圧に飛ばされそうになりながらもなんとかそれを避けると、アスアドはその剣を閃かせる。

ザクッと肉の切れる音がし、トカゲの左翼の付け根に切れ目ができた。

鮮血が噴き出し、離れた地面を濡らす。

ーー浅いか。

地上と違い、踏ん張りが効かないため力が入りきらない。

アスアドはもう一度剣を構えると、小狼に指示を出す。

蜥蜴は傷ついた左翼を庇うように右翼を向けて飛ぶと、アスアドを睨みつけた。

アスアドが何をしようとしているのかわかった様子の蜥蜴は、先ほどよりもやや慎重にその攻撃の狙いを定める。

カッとその牙を剥くと、今度は素早く小狼に向かって襲いかかる。

アスアドに攻撃が来ると思った小狼は、僅かに体勢を崩した。

「グギャアアア!!」

カチンと歯が鳴ると、小狼の右前足に鮮血が飛ぶ。

「小狼!」

アスアドの言葉に小狼は小さく鳴いて応えると、その体勢を立て直した。

ジュードの呪が小狼の右前足を包むと、出血がじんわりと和らぐ。

アスアドは蜥蜴に向き直ると今度は自ら蜥蜴に向かっていった。

「うおおおおお!」

アスアドの剣が閃き蜥蜴を襲うが、その剣は空を切りアスアドは体勢を崩す。

「ギャアア!!」

蜥蜴はその目に喜色を浮かべると、体勢を崩したアスアドに向かってその爪を突き出した。

「かかったなーー!」

瞬間、アスアドは全身の筋肉を使い上体を跳ね上げると、その爪をギリギリで避け、がら空きになった蜥蜴の翼に第二撃を繰り出す。

アスアドの頬とトカゲの翼から同時に血が噴き出た。

蜥蜴の翼の付け根からは骨が見え隠れしている。

蜥蜴は堪らずその身体を空中から地面に降下させ始めた。

流石にこの翼の状態では自重を支え切れないらしい。

蜥蜴は怒り狂いながら地面に降りると、その尾を振り回した。

その勢いで岩場が破壊され、小石が振り注ぐ。

アスアドは小狼の背から降りると、その背を軽く撫でてやった。

「よくやったぞ」

「クウウウン!」

小狼は嬉しそうに鳴くと、今度は身軽になって戦闘に参戦する。

「さて、本番はここからだな」

小狼から降りたアスアドに駆け寄りながら、ユースィフはその剣を構えた。

「奴の鱗はかなり強固です」

アスアドの言葉にユースィフは苦い顔をすると、自らの剣を見やる。

「この剣で歯がたつか……仕方ないな」

ユースィフは短く呪を唱えると、その剣に力を送る。

次の瞬間、ユースィフの剣はバチバチと雷のような電流を纏った。

蜥蜴は何度か地面を踏み荒らすと、アスアドたちへ向かってその歩を進める。

ーー早い。

意外なほど素早く蜥蜴はアスアドたちへ近づくと、その尾をしならせて打ちつけた。

バンっと鞭打ったような音がし、岩山が壊れて崩れる。

二人と一匹はそれをすんでの所で避けると、蜥蜴を囲むように散らばった。

蜥蜴はまずユースィフに狙いを定めると、その牙を振り下ろす。

ユースィフはその牙を剣で受けると、力の限り弾き返した。

その硬さに、思わず手が痺れたようになる。

「本当に硬いな!」

ユースィフは痺れる手を摩ると、苦笑をした。

「ご無事ですか?!」

「ああ、痺れただけだ」

アスアドの言葉にユースィフが答えると、アスアドは挑発するように前へ躍り出た。

「お前の相手はこのおれだ!」

蜥蜴はアスアドに視線を定めると、その鋭い爪でアスアドを引き裂こうとする。

シュッと風を切る音と共に尖った爪がアスアドを襲った。

アスアドがそれを避けると、その爪は空を切る。

その隙を見計らい、アスアドはその件で蜥蜴の手を切りつけた。

蜥蜴の手から激しく鮮血が飛ぶ。

だがしかし硬い鱗が邪魔をし、アスアドの力を持ってしてもなかなか骨を絶つ所まではいかない。

アスアドは後退って距離を取ると、思案を巡らせる。

「やっぱり、腹から切るしかないかな」

ユースィフの言葉に、アスアドは賛同した。

「そうですね」

アスアドは剣を構え直すと、ユースィフに視線をやる。

「ユースィフ様、おれがこいつを引きつけます。隙を見て、刃の入りそうなところへ攻撃してください」

「ああ、やってみよう」

アスアドはジリジリととかげとの距離を詰め、グッとその足を踏み込む。

剣を振りかぶり、激しくその足を叩きつけた。

同時に小狼がアスアドとは反対の足に襲いかかる。

両足を同時に攻撃され蜥蜴は激しく怒りの声をあげ、小狼に向かってその爪を振り下ろす。

小狼はひらりとそれを躱し、再びその足へと齧り付いた。

アスアドは小狼の動きを見つつ、その剣を再び叩き込むと、そのまま横に飛び退った。

蜥蜴はアスアドを目で追い、その牙で噛み切ろうとする。

その時、一瞬蜥蜴の首元から腹にかけて隙ができた事を見逃さず、ユースィフはその腹の下に潜り込むと首から胸にかけて剣を滑り込ませた。

鱗がある部分と比べて比較的柔らかかったそこは、ユースィフの力でも切り裂くことができたが、やはり先程の大蛇よりは幾分か硬い。

「ギャアアアアア!!」

激しく首を振る蜥蜴を見て、ユースィフはため息を付いた。

「致命傷にはならないか…」

ユースィフは剣を引き抜くと、一旦距離を取る。

小狼は齧り付いていた脚を離すと、少し離れてその姿を僅かに大きくする。

そのままくわ、と大きく口を開けると激しく青白い炎を吐いた。

「ギャアアアアア!!!」

蜥蜴の右足は激しくその炎を受け、痛みと怒りに狂ったような咆哮を上げる。

その目は怒りに満ち、激しく体をくねらせた。

焦げ臭い匂いがあたりに立ち込める。

蜥蜴は激しく脚を上げると、そのまま小狼を踏み潰そうとした。

小狼はそれをひらりと躱すと、再び口を開く。

瞬間、蜥蜴はその尾を激しく振り、小狼を岩場へと跳ね飛ばした。

「ギャン!」

小狼は壁に激しく打ち付けられると、小さく唸る。

「小狼!!」

ユースィフの声に僅かに反応し、小狼はよろよろと立ち上がった。

小狼はその身体を何度か振ると、怒ったようにその前足で何度か地面を掘る。

ジュードが小狼へ呪をかけると、小狼の身体が白い光に包まれた。

小狼の傷がじんわりと治ってゆく。

と、蜥蜴の視線が小狼からジュードに移った。

蜥蜴は、ジュードの存在を認める。

ーーこの人間がいると、何度倒しても復活してくる。

そういったことを本能的に理解した。

蜥蜴は僅かの間考える。

それは戦略というより本能だったが、その方法は間違ってはいなかった。

蜥蜴は、まず小狼をその翼で煽ると、小狼が飛び退るのを横目で見る。

そのまま激しく尾を振り、それを躱させることによって小狼を引き離した。

そのままの勢いでアスアドに噛み付くと、避けたアスアドに更にその爪を振り下ろしかけた瞬間、蜥蜴はくるりとその顔の向きを変え、ジュードへと視線を合わせた。

「ーー!!」

「まずい!!」

蜥蜴の目が僅かに笑い、その口を大きく開けた。

「ジュード逃げろ!!」

アスアドの声に、ジュードが身を翻しかけたその時、蜥蜴の口から冷たい息が吐き出される。

白く激しいその吹雪のような息は激しく吐き出され、シュウウウウ!という音と共に、息のかかった部分が凍ってゆく。

その冷たい息は、必死で逃げるジュードの脚を凍らせ、脚をもつれさせたジュードの身に激しく息を吹きかけた。

「うわ……!!」

ジュードの身体がどんどんと凍ってゆく。

「ジュード!!」

ユースィフがたどり着いた時には、既にジュードは氷の中に閉じ込められていた。

蜥蜴は、嬉しそうにその尾を振る。

ーーこれで、倒した人間は復活できない。

後はゆっくり残りの人間を始末するだけだった。

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