第18話

洞窟の中は、大蛇の吐いた炎の熱気があふれていた。

湿っていた空気は炎の熱によって乾き、ひんやりしていたはずの空気も熱い。

ユースィフは振り落とされた剣を拾うと、その刃についた血を拭き取って鞘にしまう。

アスアドは安堵の吐息を一つつくと、ユースィフに向かった。

「ユースィフ様…お顔から血が」

「お前の方がボロボロじゃないか」

ユースィフは僅かに眉根を寄せてアスアドの脇腹を小突く。

「……っ!」

アスアドは僅かに顔を顰めると、それでもにこりと笑った。

「なあに、こんなものかすり傷です。そんなことよりジュード、ユースィフ様の怪我の手当てを……」

「お前の方が先だ!」

珍しく、少しばかり怒ったような顔でユースィフは言う。

「しかし……」

「頼むから……あまり無茶をしないでくれ」

「……」

アスアドは困ったようにぽりぽりと指で頭を掻くとユースィフへと向き直る。

「申し訳ありませんが……それはお約束できません」

「なぜだ」

「おれの使命はユースィフ様をお守りすることです。命を賭してそれを守ると決めています。だから、ユースィフ様をお守りする事ができるなら、無茶でもなんでもします」

「ばか」

ユースィフはそう言ってアスアドの頬をつねると、真剣な目をした。

「ならば、一つ約束してくれ。ーー無茶はしても『死なない』ということを……」

「はい。それならお約束いたします」

アスアドはそう言うとにっこりと笑う。

「はい、お話は終わりましたか?終わったらお二人ともさっさと傷口を見せてください。早くしないと化膿してしまう……」

ジュードの呪によって二人の傷が塞がると、5人は洞窟の奥へと進んだ。

妖物が溜め込んだと思われる宝を探すためだ。

「ユースィフ様の傷はともかく、アスアド殿の傷は完全には塞がっていません。くれぐれも無理はしないでくださいね」

ジュードはそう言いながら、暗闇に松明を掲げた。

「小狼の時はすぐ治ったのに、どうしてだ?」

ハーシムは松明で道を照らし、歩を進めながらジュードに質す。

「そもそも、幻獣というのは半分は精神体で出来ているため、良くも悪くも呪の影響を受けやすいのです」

しかし、アスアドの肉体は全て実体でできているため、幻獣ほどの即効力はないと言う。

「なるほどな」

ハーシムはそう言うと、松明を掲げた。

「行き止まり、ですね」

「どうする、こりゃ…お宝なんて溜め込んでる様子はないぞ?」

ハーシムの言葉に一同は目を合わせる。

洞窟に転がっているのは白骨化した人骨ばかりで、あるのは倒された兵士が使っていたであろう剣が1、2本あるばかりだった。

「困りましたね」

「円覚にいっぱい食わされたんじゃないのか?」

ハーシムの言葉に、ユースィフは苦笑をする。

「そうな風には感じなかったがなぁ」

「しかし…不思議ですね」

床に転がる白骨を見ながら、士英が眉を顰めた。

「何がです?」

「村長は、妖物が本格的に出だしたのが去年と言っていましたが…ここにあるものは、殆どがそれよりももっと前からあるもののようです」

「違いないな」

士英の言葉にハーシムが頷くと、その顎髭を撫でながら思案する。

「そもそもあいつは、この洞窟を出て旅人を襲うような奴には見えなかったしな」

一同はしばらく足元に転がる剣を見ながら、己の考えを反芻した。

「やはり、人違い…ならぬ妖物違い…なのでしょうか?」

「…まてよ、こんなのがもう一匹居るってのか……?」

ハーシムの言葉に、ジュードはため息をつきながら答える。

「残念ながらというのか、我々的には幸運にもと言うのか…そうなるのでしょうね」

「もう一匹居るなら倒せばいい。ーーが、そのもう一匹とやらはどこに居るのか」

アスアドは困ったように言った。

「そこなんですよ。我々が聞いたのは、この丘の情報しかない…」

士英の言葉にユースィフはふむ、と考える。

「なあ、小狼。お前、もしかして…他の妖物がいる場所が判ったりしないのか?」

ユースィフの言葉に、小狼は嬉しそうに足元を回るとキュウン!と鳴いた。

そして、二、三度足元を突くと、洞窟の外に向かって歩き出す。

「ーーどうやら、分かるみたいですね」

「さっきも、妖物に襲われる前に警戒してたもんな」


一同は小狼の後をついてゆくと、丘の上に辿り着く。

そこにはまるで、巨大な鳥の巣のようなものがあった。

「おいおい……これはまた大きいな」

ハーシムの言葉に、一同は頷く。

先程の蛇は、身の丈2丈程あったが、この鳥の巣はもっと大きいものの巣を想像させた。

しかし、肝心の妖物がいない。

「この隙にお宝だけ掻っ攫って帰る……と言う訳には、いかないよなぁ?やっぱり」

「いい訳無いだろう!これからも村人が襲われることになってしまう!」

アスアドが噛み付くと、ハーシムは心底面倒くさそうに吐き捨てる。

「冗談だろうが。このクソ真面目の石頭が」

睨み合う二人を放置し、ジュードは提案する。

「しかし、この隙に何かめぼしいものを探しておくのは良いかもしれませんね」

「そうですね……弱点になるものでもあれば儲けものですし」

そう言って、士英は巣を見上げる。

巣は、丘の小高い岩場の上にあった。

どうやら、お宝があるとすればその巣の中だろう。

巣自体は、巨大なだけで他の鳥と変わらない作りをしていて、木の枝や羽毛、獣毛などか使われており、よじ登れば中に入れそうであった。

「二人とも、いつまでも睨み合っていないでください。さ、ハーシムさん出番ですよ」

「は、なんでおれが……」

士英の言葉に面食らったような顔でハーシムが聞き返す。

「アスアドさんは怪我をしていますし、何よりこの鳥の妖物が帰って来たら戦っていただかなきゃなりませんから」

士英は至極真面目にそういうと、革の手袋を渡す。

怪我をしているのに、当然のようにアスアドに戦わせるつもりの士英に苦笑いをすると、ジュードはハーシムに縄を手渡した。

「まあ、そう言う訳ですから頑張ってください」

ハーシムは口をへの字に曲げると、仕方なく手袋と縄を受け取る。

「……おい。万が一、おれが上にいる間に妖物が帰ってきたらどうすればいいんだ」

「その時は飛び降りろ。おれが受け止めてやる」

アスアドの言葉に、ハーシムは心底嫌そうに目を細めた。

「はっ!嫌なこった。そんなの地面に落ちた方がましだ」

「じゃあ、そうなさってください」

士英は笑顔でそういうと、早くいけとばかりに岩場を指さす。

「お前って時々……」

「なんですか?」

「……なんでもねえ。要は奴が戻ってくる前に戻ればいい話だからな」

ハーシムは渋々岩場に手をかけると、器用によじ登って行った。

しばらくの後、ハーシムは無事に巣へと辿り着く。

そのまま身を捩らせて巣の中に入り込んだ。

「どうですか?何かありますか?」

ジュードの質す声に、一瞬の間を置いてハーシムの叫び声が聞こえる。

「うお!!なんだこれは!?」

「どうしたんですか?!何があったんです?!」

士英が声を上げた瞬間、ふ、と四人の足元が陰った。

「ウウウッッッ!!!」

同時に小狼が天を仰ぎ唸り声を上げる。

「ーー?!」

次の瞬間、ものすごい風が巻き起こり一同を包んだ。

バサッと激しい羽音が聞こえ、砂埃や小石が激しく顔に当たる。

「しまったーー戻ってきましたかーー!!」

士英は吹き荒ぶ風を手で防ぎながら、巣を見上げる。

「ハーシム殿!戻ってください!!」

ジュードの言葉に、ハーシムは巣から顔を出した。

「どうやって?!」

「飛び降りろハーシム!!オレが受け止める!!」

ユースィフの言葉にハーシムは舌打ちをすると、勢いよく地面に向かって飛び降りた。

ユースィフは短く呪を唱えると小さな風を巻き起こし、ハーシムが地面に激突する瞬間にその風を下敷きにする。

ふわり、と風がハーシムの身体を包み、そのままドサリと地面に着地した。

「痛え!」

ハーシムの言葉に、ユースィフは苦笑いを浮かべると冗談めかして言う。

「アスアドに抱き止められるのとどっちが良かった?」

「比べるまでもねぇ」

ハーシムは不機嫌そうにそういうと、空中を見上げる。

「しかし……想像より凄いやつが帰ってきたな……」

「そうだなぁ」

ハーシムはため息と共に士英を見ると、皮肉混じりにいう。

「オレの仕事は一旦休みだ。戦闘はアスアド達の仕事ってことでいいんだろ?」

「そうなりますね。我々は自分の身を守ることに徹しましょう」

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