第16話
「華潤宮の近くの村の街道付近に、去年辺りから妖物が出るようになった」
それを退治しして欲しいと、円覚は言う。
結界の中までは妖物は入って来られないが、永泰の街に仕事で出かけた村人などが襲われるようになったからだ。
このままでは人の命も商品も全て妖物に奪われてしまう…。
そこで、村は東明寺に討伐の依頼を頼んだ。
「その妖物は、色々な宝を集めるのが趣味みたいでな…殆どが商人から奪ったものだろうが…中には『使える』宝もあるんじゃないか?」
妖物が頻繁に出だしたのは去年からだと言うが、怪異の噂はもう何年も前から出ている。
なにか、凄い宝を溜め込んでいても不思議ではない。
「なるほど。行ってみる価値はあるな」
「行ってくれるか」
ならば、と円覚は紙にサラサラと何かを書いた。
「これはその村の村長へ、おれの代理がいくという手紙だ。持ってゆけば詳しい話が聞けるだろう」
「助かる」
「いや。そういえばそれに名はつけてやったのか?」
円覚はユースィフの後ろをついて回っている獣を指してそう言う。
「いや…まだだ」
「ならば付けてやれ。おれは名など必要ないと思い付けなんだが…お前には懐いているようだからな」
「そうだな、そうしよう」
円覚の言葉に、ユースィフは微笑んだ。
「華潤宮付近の村までは馬でニ刻ほどだが、そやつに乗ってゆけば半刻程で行けるはずだ」
円覚の言葉が解ったのか、獣は小さく飛び跳ねて鳴く。
「キュウウウン!」
「はは、そうか。つれていってくれるのか、
「キュン!」
「小狼か。良い名だ」
円覚はかか、と笑うと立ち上がる。
「では、結界のないところまで案内してやろう」
獣…小狼は結界の張られていない場所へ来ると、その身体を本来の大きさへ戻した。
五人が戦った時よりさらに大きい。
小狼が伏せの要領で屈むと、五人はその背に乗った。
「良いか。村の前まで行ったら、小狼は元に戻すのだぞ。このままの姿で行ったら、妖物と間違えられかねない」
無論、ユースィフたちもそのつもりだった。
本来なら小狼ではなく目立たぬ馬でゆきたいところだが、今回ばかりは時間がない。
「すまん!恩に着る」
ユースィフはそう言うと、空の人となった。
空を行く小狼は、目も眩むほど早かった。
進むたびびゅうびゅうと風が顔に当たり、息もし辛い位だ。
「見えました!あの村でしょうか」
件の村が見えてくると、一行は小狼の背を下り、徒歩の人となった。
小さくなった小狼がその後をちょこちょこと着いてくる。
村は永泰の永平坊よりも質素でがらんとしていたが、結界で守られているからかのんびりしていて治安はそこそこに良さそうであった。
ちらほらと立っている村民からは大石ダーシ人のユースィフたちは珍しいとみえ、いくつもの奇異の視線が投げかけられる。
「もし、そこなお方たち」
不意に、五人は年配の男性から声をかけられた。
その男は質素ながらも清潔で品の良い着物を着て、その柔和な顔を崩さずユースィフたちを見ている。
「オレたちのことだろうか」
ユースィフは老人に向き直ると、そう爽やかに答えた。
「そうでございます」
老人はそういうと、ユースィフたちへと近づいてくる。
今まで遠巻きに見ていた村人の視線が、直接突き刺さるようになった。
「こんな鄙びた村へおいでになって、どちらに行かれるおつもりですかな?」
「我々は村長のところへ行こうと思っております」
士英がそう言うと、ほう、とひとつ頷いて老人は己の胸に手を当てる。
「村長はわたしでございますよ」
「あなたが村長でしたか」
士英はそういうと、円覚のしたためた書状を懐から出した。
「実は、円覚殿から、ここの妖物退治の依頼を受けましてね」
「円覚殿からですと?」
そう言うと老人はその柔和な顔を初めて崩し、士英の手から書状を受け取る。
「ふむ、確かに円覚殿からの書状でございますね」
「この度は、お忙しい円覚殿の代わりに、我々がご依頼をお受けします」
士英の言葉に、老人はユースィフを見上げた。
「失礼ですが、大石のお方とお見受けいたします。皆様も円覚殿と同じように法力がお使いになられるのですか?」
魔術師はその力の秘匿のために、しばしば自分を法術使いと名乗ることがある。
法力とは、神や仏を信仰する心の奇跡の力を使用し、修行の上ある程度の『枷』をつけることによって、魔術師の理力とは違い誰でも使用ができるようになる力のことである。
具体的に言えば、この五人の中ではジュードがそうであった。
ジュードは少年時代、イーマン教の寺院で修行をしている。
その力は全く異なる物であるが、魔術師が法術士を名乗ってもそれを見破ることができるのは同じ魔術師か、一部の優秀な鬼眼くらいのものである。
円覚も、魔術を使う際手印を切っていた。
それは、理力を法力に見せるために他ならない。
「まあ、そんな所です」
ユースィフはそう言って人好きのする笑顔を見せると、老人は頷き自分の家へと案内した。
「ところで……尭語が大変お上手ですが、こちらにお住まいなのですか?」
「いや、訳あって色々な所を旅しているんだ」
「左様でございますか」
村長の家に着き部屋へ通されると、村長は茶と共に墨で書かれた周辺の地図を持ってくる。
「ここにくる前に、この村の西側に丘があったのを覚えていらっしゃいますかな」
「うん」
ユースィフは地図を眺めながら頷く。
「そこに洞窟がございますが、その洞窟がその妖物の住処にございます」
村長曰く、その妖物は首の三つに分かれた蛇のような姿をしているという。
胴体は蜥蜴のように手足が生え、鰐のような硬い皮革に覆われており、その手足には鋭い鉤爪がついていたというのが、命からがら逃げ帰った村人の証言だった。
「その妖物を退治していただきたいのです」
「なるほど」
ユースィフはそういうと、卓から立ち上がる。
「行っていただけますかな?」
「円覚の顔に泥を塗るわけにはならんからなぁ」
そう笑顔で言うと、ユースィフは出された茶を飲み干す。
「早速行くとしようか。何せオレたちもあまり時間がないーー」
「ーーどう思います?」
村を出て、丘の上の洞窟へ向かう途中、アスアドがそう言ってユースィフを見る。
いつも通り士英の通訳を通して聞いていた話ではあるが、アスアドはどうもしっくりこない顔をしている。
「頭が三又の蛇。身体は蜥蜴。皮革は鰐。その手足には鉤爪……おれにはどんな生き物なのか想像もつきません」
「アスアドさんの言う通りですね。私にも想像出来ない」
士英の言葉に、ハーシムが肯定の意を表し、茶化すようにいう。
「襲われた奴らは、夢でも見たんじゃないのか?」
「もしそうなら、それはそれで困りますよーー」
ジュードの言葉に、一同はそれもそうかと頷いた。
今回の目当ては、妖物が溜め込んだ宝だ。
その妖物がいないとなれば、ここまでの道のりが無駄足となることになる。
「そうだなぁ。まあ、嘘は言ってないと思うし、行ってみればわかるさ」
相変わらずユースィフは涼しい顔のまま洞窟への道を歩く。
「もし、宝がなければ……?」
「その時はその時。何か別の方法を考えるさ」
「ところでーーおい、そこのガキ。いつまでうろちょろおれたちの後をつけてくるつもりだ」
突如、ハーシムはそう言って足を止めると、くるりと踵を返した。
つかつかと木の影まで歩くと、一人の少年の首根っこを掴むように引き摺り出す。
「うっわ……離せっ…離せってば…!!」
ハーシムに半ば吊られたように、少年が引きずられてくる。
仲間達の前にぽいと少年を突き出すと、ハーシムは気怠げに腕を組んだ。
「何か、見られているような気配はしましたが、君だったのですか……」
ジュードは少年に向かってそういうと、少年は目をパチクリした。
当然、少年は大石の言葉は理解できない。
「アスアド、てめー護衛のくせにこの視線に気がつかなかったのか?」
「いや……気が付いてはいたが、殺気がなかったので放っておいた」
目の前で繰り広げられる大石語でのやりとりに、少しばかり怯みながらそれでも果敢に顔を上げた。
「お、おい!何言ってるのかわかんないけど……おれのことをどうするつもりだ!?」
「どうもしませんよ。ただ、何をしていたのかは知りたいですが」
士英が堯語でそういうと、やっとわかる言葉が出て少年はホッとしたように士英に向き直る。
「お前たち、円覚先生の弟子か?!」
「………弟子、というか友人?でしょうか」
複雑な表情で士英がそう言うと、少年はふん、と鼻息を荒く言葉を継ぐ。
「お前たちがどの程度の法術を使えるかは知らないが、円覚先生と同じ位の力が無いんなら行くのはやめろ」
「ーーそれは、なぜだ?」
それまで黙っていたユースィフが、少年に向き直ってそう問う。
少年は大石人のユースィフの滑らかな尭語に少々驚きながらも、再び口を開いた。
「今まで何人もの法師や兵士が妖物退治に出かけていった。その中には、お前らよりもずっと強そうなかなりの腕自慢の奴らもいたけど……殆ど帰ってこなかった。帰ってきても、ぼろぼろの重症だ」
唇を尖らせ、少年は続ける。
「だから村長は円覚先生を頼ったんだ。だのに、お前たちがきた……」
ーーその円覚先生はユースィフに倒されたけどな、と呟くハーシムの脇を小突き、士英は優しげな声を出す。
「君は、我々を心配してくれたのですか?」
「心配……?ち、違うぞ!!お、おれはもう人 が死ぬのを見たくないだけだ……!」
顔を赤くしてそう言う少年を微笑ましく見ると、士英はユースィフは振り仰ぐ。
「大丈夫ですよ。ここにいるユースィフ殿は『円覚殿と同じ位』強いですからね」
「ほ、本当か?」
「ああ。任せておけ」
ユースィフは、少年を安心させるようにそう答えた。
少年は、ユースィフを見上げると、おずおずといったように言葉を繋ぐ。
「村で一番の剣士だったおれの兄貴も……二日前に洞窟に行ったきり帰ってこなかった……」
「ーー!そうだったのですか」
「だから……お前達は戻ってこいよ。兄貴の仇を打ってくれ」
「仕方ねえ。おい士英、任されてやるって伝えろよ」
ユースィフ達は少年にそう約束すると、再び洞窟までの道のりを急足で進み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます