第13話

一行は、暗闇の中を羊桂英の遺灰が納められているとされる堂へと走っていた。

その後を、小さな獣がちょとちょことついて来る。

「……おい。、どうするんだ?」

走りながら、ハーシムはその獣を見た。

その獣は、嬉しそうにユースィフの後をついてまわっている。

「まあ、この調子ですと置いていこうとしてもついて来るでしょうね…」

士英は苦笑すると、ジュードへ視線をやった。

ジュードは困ったように笑うと、幻獣について話し出す。

「そもそも、幻獣というのは主人に『下される』事によって使役されるものです。幻獣を使役しようとする場合、その幻獣と戦って勝つことが必須条件となります」

つまり、この幻獣は最初この寺の誰かに下され、使役されていた事になる。

本来、幻獣は主の力によってその発揮できる力が変わって来る。

強い主人であれば、それだけ幻獣の力も強くなると言うわけだ。

しかし、その幻獣を今回ユースィフたちが倒した。

つまり、自動的にこの幻獣はユースィフたちに「下された」事になったのだ。

幻獣からすれば、すでにユースィフが新しいなのである。

もちろん、ユースィフがその幻獣を使役せず、放棄すれば幻獣はまた元の「野生」に戻るわけだが、どうもこの幻獣はユースィフを随分と気に入ってしまったらしい。

『下れ』とも言われていないのに勝手に主と決め込んでしまったのだ。

不思議と、昔からユースィフにはそういった何かを惹きつける力があった。

「ありがたい事に、結界が壊れた時点で寺の本堂に知らせが行く仕様になっていなかったからよかったですけど」

ジュードはそう言ってため息をついた。

この寺の幻獣の主はこの門番に絶対の自信があったのだろう。

ジュードが言ったように、結界が解けた時点で通知が行っていれば、今頃は寺の護衛たちに囲まれていたに違いない。

「明日になって、結界が破壊され幻獣が連れ去られていたら、この寺の方々は驚くでしょうねえ」

士英の言葉に皆一様に苦笑した。

幻獣は、主人の力に多大なる影響を受ける。

先程まで荒れ狂う黒い狼のような姿をしていた幻獣は、今やユースィフの力の影響を受けて毛並みの良い白銀の狼…というよりは忠犬になっていた。

その目は青く煌めいている。

「ところで、ユースィフ様。先程この獣の気を逸らすために何かを投げていましたが…何を投げたんですか?」

そういえば、と言うようにアスアドが問うと、ユースィフは笑って答えた。

「ん?ああ。魔力を込めた水晶だよ」

「?!」

ユースィフの言葉に、ジュードが目を剥く。

魔力を込めた宝石は、この世界では最も高価な宝石として取引されるものだ。

なにせ、そもそも魔術師の数が圧倒的に少ない上に、石に魔力を込められる程の腕と技術を持つものはその中でもごく稀である。

そして、魔術師は自身が魔術師である事を滅多に明かさない。

従って、魔力を込めた水晶と言ったものは希少価値が高く、なかなか出回らないのである。

先程ユースィフが投げた水晶の価値は、おそらく下級役人の一年分の給金と同じくらいであろう。

石が金剛…ダイヤモンドなどであれば、その何万倍もしたに違いない。

「なんて物を投げてるんですか、貴方は…!」

頭を抱えるジュードに、ユースィフは悪気なく笑った。

「いいじゃないか、まだ沢山あるんだし」

ユースィフはそれに、と続ける。

「ただの小石を投げたって、こいつは見向きもしなかったさ。魔力を込めた水晶だったからこそ、気を取られたんだって。なぁ?」

「キュウウウン!」

獣はユースィフの言葉にそう鳴くと、嬉しそうに尻尾を振った。

その様子に、アスアドの眉根に皺が寄る。

「ユースィフ様が優しいからと言って、調子の良い獣め…」

「はいはい…嫉妬は後にして、本腰入れて走ってください」

士英の呆れたような言葉にアスアドは口をモゴモゴと動かしたが、結局は何も言わずに黙々と走り続けた。

しばらくそうしていると、目的の堂が見えて来る。

古いが、立派な八角形の形をした堂だ。

一行は堂の入り口まで辿り着くと、その堂を見上げる。

大きさはさほどでもないが、縦に高い。

ジュードが門扉と同様に扉を調べた。

この堂の扉には結界はない。

一同は躊躇わずに扉に手をかけると、ゆっくりと押し開いた。

ギギギ、と重苦しい音をさせながら扉は開く。

ハーシムは、持っていた松明に火を灯した。

ぼうっと炎の灯りがあたりを照らす。

堂内は中心が吹き抜けになっており、周りの壁沿いにたくさんの小さい扉が付いていた。

その一つ一つに、周宗皇帝の所縁の者の遺灰や遺品などが収められているらしい。

五人は松明で照らしながら、一つ一つの扉の名前を調べていく。

かつん、かつん。

堂の中には一行の息遣いと石畳に靴音だけが響いていた。

「……あった!」

道内に入って四半刻が経った頃、ハーシムが漸くその名を見つけた。

「よし、開けましょう」

士英の言葉に、ハーシムは徐にその扉を開く。

扉が開き、一同が一斉に中を覗いたその時、目に飛び込んできたのは遺灰も位牌もない、ただの空っぽの空間だけだった。

「……な…無い…!!」

「そんな、なぜ……」

ジュードの顔に焦りが浮かぶ。

ここになければ一体どこへ行ってしまったというのか。

「探し物はこれかな?皆様方」

不意に、堂内に朗々とした声が響き渡る。

五人が一斉に振り返ると、堂の入り口には体格の良い僧形の男が一人立っていた。

その手には麻袋に入った羊桂英の遺灰らしきものを持っている。

男はその袋を見せつけるようにぶら下げると、不敵に笑った。

「ーー何故それを」

士英がそう質すと、僧形の男は豪快に笑いながらそれに答える。

からな、今夜当たり「」を盗みに入る輩がいると教えられていたのだ」

「……」

「話半分に聞いていたが、まさか本当に現れるとはなぁ」

かかか、と笑うと、僧形の男は楽しそうに目を細める。

「……どうします?」

ジュードは頬に一筋の汗を流しながらユースィフを見た。

「……そうだなぁ」

ユースィフは顔色を変えずにそう言うと、僧形の男へ向き直る。

「なあ。すまないが、それをオレたちに譲ってくれないか?」

至極爽やかに、ユースィフはそう言う。

それはこの状況に似つかわしくない、まるで対等な交渉のような雰囲気さえあった。

「なに?」

「頼む。オレたちにはそれが必要なんだ」

ユースィフの言葉に、僧形の男は僅かに驚いたように目を開き、次いで楽しくて仕方がないと言った様子でニヤリと目を細める。

「ふむ、よいぞ」

「本当ですか?!」

思わぬ展開に、士英は目を剥いた。

「ああ、本当だ。ーーただし、ひとつだけ条件がある」

男は羊桂英の遺灰を懐にしまうと、一行を見据える。

「その条件とは何です?」

士英の言葉に、僧形の男は不敵に笑った。

「このおれと戦って、勝つこと」

「なんですって?!」

男はぐるりと五人を見渡すと、ユースィフでその視線を止める。

「おれが苦労して手に入れた幻獣を下したのは、お前か?」

「まあ、そうなるかな」

ユースィフは足元の獣に視線を落として、肯定する。

「おれの名は円覚ユァンジェ。この東明寺の僧だ。表向きはな」

「表向き、ね」

「そうだ。そこの幻獣を元々下して使役していたのも、おれだ」

獣はキュウと鳴いて、ユースィフの後ろへ隠れる。

それを見て円覚は苦笑いをすると、ユースィフへと向き合った。

「随分と嫌われたもんだ。……しかし、そいつを倒すものが出てくるとは思わなんだ。全くあっぱれよ」

円覚は素直にそう評すると、ゆっくりと扉の外へと出てゆく。

「おれはお前と力比べをしたい。おれは、おれの力を存分に出せる相手を探していた」

「……」

「お前も能力者なら、この気持ちがわかるだろう?」

「ーー残念ながら、わからん」

ユースィフが素直に答えると、円覚はそうか、と笑う。

「おれはおれの力の底が知りたいぞ。どこまでやれるのかが、知りたい」

そう言って、ユースィフを外へ誘う。

「だからな、お前は自分の力を知りたくなかろうと、おれの相手をせねばならん。さもなくば、この遺灰は手に入らんからなーー」

そう言ってニヤリと笑うと、クイと顎で来いと促す。

「士英殿伝えてくれ!もし戦いを所望するなら、おれが相手になると!」

「いや、それには及ばん。いくら強かろうと、お前はただの人だろう?相手にならんわい」

士英が通訳するまでもなく、円覚はその申し出を一笑に伏した。

「ふむ、仕方ないな」

円覚の誘いに、ユースィフは苦笑いを浮かべる。

円覚の言う通り、彼が目的のものを持っている以上彼を倒して物を手に入れるより他は無いのだ。

「安心しろ。おれが倒されても、寺の者を呼んだりせん。負けた暁には、素直にこれはくれてやるわい」

円覚は懐をポンと叩くと、ザッとユースィフに向かって仁王立ちをする。

「わかった。勝負しよう」

ユースィフは済ました顔でそう答えると、円覚の前に立った。

生温い風が、二人の間を駆け抜ける。

円覚とユースィフは睨み合ったまま動かない。

……カサリ、と葉が一枚擦れた音を上げる。

その瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた

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