共闘

わたちょ

第1話

「おい! 新入り。ボスがお呼びだ。急げ」

「へっ。俺をですか」

 ぼさぼさの頭に丸眼鏡をかけた男が呼びかけられるのに振り返った。自身を指さしてとぼけた声を出すのに呼びに来た男はにやにやと笑い男の肩を叩く。ひょろひょろの体が叩かれた衝撃によって大きく前に出た。

「ああ、うまくやったもんだな。お前が気に入って話がしたいってんだ。まあ、こないだ大成功した任務の作戦もお前が一つ噛んでいたって話だし当然なのかもだがよ」

「そんな噛んでたなんて……、俺はただ疑問に思った事を口にしちまっただけで」

「そのおかげで成功したんだろう。ボスもほかの幹部連中も大喜びだったぜ。それより早く行きな」

「へい」

 くれぐれも粗相はするなよ。うまくやれ。お前が出世してくれたら連れてきた俺の地位も高くなるからよ。と嬉しそうな男に送り出されながらぼさぼさの男は誰にも見えない位置でにぃとその口元を上げていた。

 ぶ厚い眼鏡のレンズの奥、褪赭の瞳が輝く。



 数日前

「犯罪組織への潜入ですか」

 とある料亭の個室で太宰は首を傾けていた。

「ああ、最近外つ国からきた組織らしいのだが、規模がかなり大きく犯す犯罪も大規模なものが多いらしい。迂闊には手を出せないが、早々に始末したいらしくてな」

 その太宰の前には福沢がいて難しい顔をして腕を組んでいた。はぁとため息をつきながら説明されるのに太宰は一つ頷いた後に、また首を傾ける。

「なるほど。でもわざわざ潜入捜査をする必要はないのではありませんか? それにこうして私だけに話しているのも謎です。それだけであれば探偵社で通常の業務として扱ってもいいと思うのですが」

「それが依頼をして来たのは軍警ではないのだ」

すっと潜まる声。もともと人払いのされてある部屋の中で太宰は福沢に少し近付く。

「と言いますと」

 褪赭の色が少しだけ強まって問う。

「依頼は外つ国の大臣から来ていてな。何でも重要な国家機密を盗み出されたらしく、それが外に持ち出されないよう組織と共に始末してくれと。追っていたが横濱にまで逃げ込まれてしまい、自分たちでは手を出せなくなってしまったのだそうだ」

「まあ、下手に動いたら国際問題に発展したりしますからね。そこで私たちへの依頼と言う訳ですか」

 離れた太宰がはぁと息を吐き出した。そうしながらこれまた面倒ですねと口にする。福沢の目元に僅かに皴ができていた。ぎゅっと険しい顔をして太宰を見つめる。太宰はその正反対でにこやかな笑みを浮かべる

「ああ。極秘であることが求められるため、あまり公にはできん。危険を伴うことになるがやってくれるか」

「勿論ですとも。そのための私ですからね」

 迷うこともなくさらりと太宰は答えた。お任せくださいと朗らかに言葉にするのに福沢の目元はさらに険しくなって太宰に向けられる。眉間に濃い皴はできているが怒っている様子はなく、その目は深い心配をのせて太宰を見ていた。

 福沢の口から吐息が零れる。

「すまぬな。いつもお前に危険な仕事を頼んでしまって」

 濃い眉間の皴。それを少し緩め福沢の眉が下に下がった。太宰は変わらずにこやかに笑っていた。

「謝らないでください。潜入捜査は私、得意中の得意ですから。すぐに良い結果を持ってきて見せますよ」

 にこにこと笑って言うのに福沢は頼むと頷く。ではと立ち上がった太宰に最後に声をかけた。

「何かあればいつもの手段で連絡してくれ」

「了解しました」



「一人でうまい事片づけられないかと思ったけど、そうもいきそうにないか……」

 はぁぁと太宰は自分以外他に誰もいない場所でため息を吐いた。左手の中で丸眼鏡をくるくると回す。右手は携帯を手にしていた。ぽちぽちとボタンを押している

「方法は固めておいたんだけど、状況が固まる前に向こうが動きそうなんだもんな。

かなりやばい事たくらんでいるとは思っていたけど、まさか横濱全体を火の海にしようだなんてね。町が混乱したすきに宝石店や銀行への強盗強奪。軍事施設への押し入りまで。通常であれば馬鹿馬鹿しい事であるものの今は猟犬も外つ国の内乱をおさめに出払っているし、マフィアも協定を結んでいる組織に援助を頼まれ戦力の大多数を派遣している。

いやぁうまくやったものだよ。まず間違いなくぐるだろうね。ただの犯罪組織と思っていたけれど、そうじゃないのか。まあ、どっちらにしても大ごとになる前につぶせばいいだけの話。

決行は明日の夜かな。その前に準備しておかないとね」

 ぱたんと閉じた携帯。にぃと太宰は笑った。



 突然聞こえた激しい音。遠くの方で慌ただしい音が聞こえてくるのに計画を詰めていた者達は皆何事だと扉の奥を見た。何人かが扉を開けて外の様子を見る。さらに大きくなる音。何だと場が騒然となるのに奥の方にいた太宰はにぃと口角を上げていた。

 来たかと誰にも聞こえぬよう口の中だけで呟く。

 どたどたと聞こえてきた足音。大丈夫かと外に出ていた何人かが声をかけているから男たちの仲間だろう。転がり込んできた者は肩に大きな傷を負っていた。

「襲撃です! 何者かが襲撃してきました」

「何! 人数は」

 その男が息を切らしながら叫んだのに周囲の雰囲気がさらに張りつめられていた。ピリリとした緊張感の中、ボスである男が聞いている。

「まだ確認できていませんが、でも見えたのは一人だけです」

「一人だ! ふざけんな! たった一人で一フロア全員つぶされたっていうのか」

 怒鳴り声が響く。そんなはずあるかと激昂するのに対して、答えた男は震えた。仲間がいるはずだ。気をつけろ。各フロアに通達してとそんな会話がされる中でもう一人別の男が飛び込んできた。

「ボスやべぇとんでもなくつええ。彼奴バケモンだ! たった一人で四フロアまで全滅させやがった。逃げるしかねえよ」

 命からがら逃げだして叫ぶ声。倒れていくのに部屋の中にいた者達の顔は青ざめていく。良い調子だと一人太宰はほくそ笑んだ。ボスである男が怒鳴る。太宰の目はボスを見てから別の男を見た。

「くそ。お前ら秘密通路に回れ、逃げるぞ。フロッピーディスクは置いていくんじゃねえぞ、あれさえありゃあ何とでもできるんだからな」

「了解です」 

 それぞれの動きを見せる男。目をつけていた男が秘密通路に向かうのとは別の方向に進でいた。


 男は通常であれば警備が一番厳重な部屋に入り、何かをしている。その様子を部屋の前で確認しながら太宰は何かをし終わった男が戻ってくるのにあたかも逃げている途中のようなそぶりをした。おいどうしたと男が声をかけてくるのにみんなとはぐれてしまいまして、秘密通路の場所が何処か知らないんですがと口にする。

 男はそう言えばまだ教えてなかったかと疑うことなく太宰にこっちだと背を向けた。ふふとわらって太宰はありがとうと囁く。

 その手は懐に隠した拳銃に触れていて、発砲音と共に男の体は倒れていく。開く男の口。何が起きたか分からずにえっとこぼす声。太宰はにっこりと笑って男を見下ろす。足で俯せになっていた男の体を反転させ、その懐に手を伸ばした。まだ目を開けている男が太宰を見上げる

「お前、裏切ったのか」

「最初から仲間じゃなかっただけだよ」

 男の声が憎々しげなのに対して太宰の声は実に涼しげだった。黒に近い瞳が男を見下ろす。足音が一つ聞こえてきた。

「おい、どうした!」

 駆けつけてきたのはまだ逃げていなかったのだろう組織のボスであった、ボスの目が見開いて、銃を構える。おやと太宰からは慌てることのない声が出る。聞こえる発砲音。銃弾は太宰に当たることなく通り過ぎていた。

「てめぇが殺したのか」

「死んではいないよ。ちょっと痛い思いをしてもらっただけ」

 怒りが籠った声に後ろに進みながら太宰は答える。手にした銃はボスである男に向ける

「騙していたわけか」

「そうなるね」

「覚悟はできているんだろうな」

「死にたいけれど、ここで死ぬ覚悟はしていないのだよ。捕まる覚悟をしておいた方がいいよ」

 答える声は何処まで行いこうと涼し気だ。銃声が響くのに太宰は素早く動いて壁を盾にする。壁から身を乗り出して打つのに銃弾は男の手元にあたり銃を弾き飛ばした。ぐっとうめくのに遠くから聞こえてくる複数の足音。ボスと部下である男たちが声をかけているのに、彼奴だ。新人のやつスパイだったと叫ばれていた

 撃ち殺せとの言葉に殺気だって銃弾の嵐が太宰を襲う。銃で応戦するが数が多く、無理矢理に近づいてくる。次の隠れ場所へと移動しながら銃弾を補充する。

 扉を盾にして深く息を吐き出した。汗が額から流れ落ちる。次の壁までは後五歩ほど。扉越しに敵がいる方向に顔を出せば銃声が一斉になった。

「さすがにきついか。だけど」

 太宰の口元には笑みが広がる。近づいてくる足音に太宰はドアノブを掴んで扉の中に逃げ込んだ。ぎゃあと聞こえてきた数人分の悲鳴。重たい鉄が落ちる音が複数。侵入者だ。侵入者がもうここまで来やがったとパニックに陥る声を聞きながら太宰は扉を開けた。

 銀色が目に飛び込んできて、それから銀灰の瞳が太宰を映す。

「無事か」

 太宰の姿を確かめてからほっとしたように福沢が問いかけた。にっこりと笑って太宰は答える。

「ええ。社長のおかげで、さすがと言うかお早いおつきですね」

「お前が事前に途中からの警備の穴を教えてくれていたからな。外では軍警が待ち構えている。残してきたのもそのうち捕まるだろう」

「となると、私たちが捕まえるべきはこの奥にいる残りですか」

 二人の目が奥を見つめる。わらわらと敵兵が集まってきていた。そのさらに奥からどうなってやがる秘密通路がふさがっているじゃねえかと叫び声じみたものが上がっている。くすくすと太宰が楽しそうに笑う。全員一気に片づけてしまいましょう。太宰の目が逃げ道を失った獲物を見つめる。福沢もそちらを見据えながら、だがその前にと一つ問いかけていた。

「例のものは」

「ちゃんとここにありますよ。まあ、穴が空いてお陀仏ですけど」

 太宰の手が懐を叩く。福沢が小さく頷いた。

 刀を構え地面を強くふむ。太宰も銃を構え直していた。

「いけるか」

「援護ならばお任せください」

「ああ、任せた」

 福沢が大きく一歩を踏み出して敵の元に向かっていく。



 十数分後、返り血にまみれた太宰が床に座り込んでいた。ふぅと吐き出される息。後ろに倒れこみそうな体を膝を折った福沢の腕が支えた。

「さすがに疲れましたね」

「怪我はないか」

 だらんと凭れ掛かりながら太宰の目が福沢を見上げる。福沢の目は太宰の体をじろじろと見ていた。

「そちらは問題ありませんよ。着替えて帰りましょう」

 ふっふと笑みを浮かべる口元。一通り見つめてから福沢の目元の皴が少し消えた。そうだなと答える声は柔らかくなっている。太宰の体を支えて起き上がらせながら、福沢の目は太宰をじっと見た。見つめてくる目に今度はなんだろうかと太宰の首が傾き、福沢に問う。太宰を見ていた福沢の目が少しだけ見開いて、否と困ったように口元を歪める。特に何もないのだがと言いながらも太宰を見ていた

「何度見てもお前の変装姿には感心するなと思ってな」

 福沢の手が、太宰が掛けている眼鏡を奪い取っていく。まじまじと見るが何の変哲もない少しぶ厚いだけの丸眼鏡だ。ああなるほどと太宰は頷いていた。

「髪型と小物、それに服が違うだけだというのに全く違う人のように思える」

「特徴となる個所を変えるだけで雰囲気は変わりますからね。それにこれでも多少の化粧もしているんですよ。見えないでしょうが」 

 ふふと笑う口元。わずかに胸を張るのに太宰は頷いていた。

「ああ。まったく凄いものだ。

……そんなことに感心している場合ではなかったな。帰るか」

「はい」




「今回の件、お前のおかげですべてうまくいった。感謝する」

 後始末も終わった後、後日、料亭の個室で福沢が太宰に向けて頭を下げていた。下げられた太宰は困ったように笑みを浮かべている。

「礼を言われるようなことではありませんよ。社員として当然のことをしたまでですので」

「それでも言わせてくれ。私が言いたいのだ」

 真っ直ぐに見つめてくる福沢の目。少し歪む太宰の口元。感謝している。ありがとうと福沢が言って、それから太宰の体にその目を移す。じろじろと見てくる目は異変がないか探っていった。

「お前の方は特に問題はなかったか。病院に行けと言ったのに行っていないようだが、怪我だけでなく、薬とかも使われていないか」

「大丈夫ですよ。奴らそう云う者には手を出していなかったので」

「それならばいいのだが」

 福沢の声は心配するように聞いて、その目はさらに探ってくる。太宰が答えたのにも不安そうにしていた。困ったようだった太宰の顔の笑みがさらに歪んで目元が下に下がった。

「もう。社長は潜入捜査の後はいつもこれなんですから。薬を呑まされるようなことなんてめったなことじゃありませんから大丈夫なんですよ。貴重な人員を薬で壊したくないですからね。薬を呑ませるのはどうでもいいただの金蔓だけですよ」

「危険な場所に潜入させているのだ、これぐらいは心配して当然だろう。

 いつもすまぬな。お前にだけこんな仕事を任せてしまって」

 いい加減分かってくださいと口にしたのに対して、お前も分かれと福沢は言ってきている。銀灰の目と褪赭の目、二つの目が絡み合った。福沢の目尻が下がって低い声が少し頼りないものになる。ふぅと自身に向けたため息が聞こえてきたのに、太宰の口元にはいつもの如く笑みが浮かんだ。

「良いんですよ。得意ですし、適任が私しかいないんですから仕方ないでしょう」

 これからもお任せください。太宰はそう口にする。福沢はそれに納得できないようにまた息をついた。

「そろそろ他にも任せられるものを増やしたいのだがな。今のままではお前に負担がかかりすぎるだろう」

「そんなことはないんですが」

「どうだ。誰か向いてそうなものはいるか」

 大丈夫ですよと口にする太宰に福沢は聞く。人の話を聞かないんですからと肩を落とした太宰はそれでも考え始めていた。褪赭の目が思考するのに合わせて左右に揺れ動く。

「そうですね……、谷崎君などは結構向いていると思うんですが」

「やはり谷崎か。他はいるか」

 なるほどと福沢は頷いた。奴の異能は潜入向きだし、本人の性格的にも向いているだろうと思い出しながらさらに問いかける。うーーんと考えた太宰は次の名前を出していた。

「後はナオミちゃんも以外に向いていますよね。でも彼女は非力ですから」

「そうだな」

 戦えぬものにさせるわけにもいかぬな。そうですよね。二人そんな風に話してそれでしたらと太宰はもう一人を上げていた。

「鏡花ちゃんも結構向いているんじゃないかと思いますよ」

「なるほど。が、鏡花は少し幼過ぎるか。薄汚い事も多いからな、もう少しの間は知らずに過ごしてほしい」

「そうですね」

 まだ十四だったか。ええ。本来なら親の庇護下で何一つ知らず過ごしていてもおかしくない年ですよ。しんみりとした空気が二人の間に流れる。そんな生活私も知りませんが、だからこそそれは無理でも少しでも似たような暮らしをしてほしいですよね。太宰が口にしたのに福沢はそうだなと頷いていた。

「でも、できれば私は谷崎君にも同じように過ごしてほしいんですよ。社長は谷崎君に潜入捜査をしてほしいとお考えのようですが、私は知ってほしくないんです。

まだ谷崎君も充分若いじゃないですか。潜入捜査何て薄汚ければろくでもないことを知ることも多いですし、まだ彼に擦れてほしくないなって。ちゃんとした大人、そうですね、二十を超えるまでは健全に過ごしてほしいですね。探偵社の通常の仕事からして健全とは少し離れていることは置いておいて」

 ふっと笑った太宰は駄目でしょうかと問いかけていた。見開いた福沢の目が太宰を見て。少しだけ目じりを下げる。

「だが、それではお前が大変ではないか」

「私は大丈夫ですよ。そうやって気遣っていただけるだけで、とてもありがたいですから。

 もうしばらくは私一人で何とかできますよ」

 問いかける声には深い心配があったが、太宰はにこりと笑っては首を振っていた。頑なな意思を感じる笑みにそれならばと福沢は肩を落とした。

「そうか。すまぬな。いつも苦労を掛けて。

 今回も助かった。ありがとう」

 福沢の手が太宰に伸びた。太宰の髪に触れてその頭をいたわる様にゆっくりと撫でていく。ありがとうと福沢が口にするのに太宰の口元は下がりながらも笑みの形になる。

「やはりしばらくは一人でいいですね」

ぼそりと呟かれた言葉。福沢の首が太宰を撫でながら傾いた。何でもないですよと笑う太宰は撫でてくる福沢を見つめながら。心の中だけで言葉を浮かべていた。



だってこの時間が減るのは寂しいから

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