最高の復讐

おじゃが

最高の復讐

「うわぁ、真理まりちゃんの絵、下手くそだね!」

 5時間目の図工の時間に、私は後ろの席の花音かのんちゃんに笑われた。真剣に描いていた大好きなアニメの主人公の絵。それを無邪気な笑顔で否定する彼女の言葉に、心はれたぞうきんとようにしぼられていく。

 草田真理くさだまり 11歳。好きなことは、絵を描くこと。でも、実力がなくて、周りの皆には絵を描く仕事につきたいという夢は、内緒にしているんだ。

「私の絵、見てごらんよ」

 そう言って花音かのんちゃんは、私の書いていたアニメのキャラクターを正確に、素早く描いていく。

「さっすが花音かのんちゃん。上手いねー!」

 それを見ていた周りのクラスメイトたちは、つぎつぎと花音かのんの周りに集まっていく。

「当たり前でしょ?私は上手いんだから」

 花音かのんのその一言に、真理まりは生きる活力を奪われていったのだった。







 私が手先が器用でないことは、自分でもよくわかっていた。それでも、絵を続けてこれたのは、大切な読者がいたからだ。

真理まりちゃん、よく来たね」

 中野サチヨ、93歳。私のひいおばあちゃんで、いつも前向きにさせてくれる、大切な読者であり、アドバイザーなんだ。私は普段、彼女をおおばあばと呼ぶ。

「最近絵は描いてるの?」

「……」

「なにか、嫌なことがあったの?」

 なにも答えない私の顔を、おおばあばは心配そうにのぞき込む。

おおばあばは、私の絵、どう思う?」

 私の問いかけに、

「すてきな絵だと思うよ」

 と答え、女神のようにほほえんだ。でも、私は納得がいかない。

「やっぱり、私の絵は上手じゃないんだ」

 私はわびしい目でおおばあばを見つめる。

「絵が上手いだけが、魅力じゃないと、私は思うな」

 おおばあばのその発言に、私はなにも言い返せなかった。








 1週間後、私たちは小学校の校舎の絵を描くことになった。上手な人が2名、展示されるらしい。

花音かのんちゃんは絶対に、展示されるよねー」

 そう言って周りの女の子たちは、花音をほめちぎる。やっぱり、無理なのかな。私は、絵を描く仕事につけるのかな。私はモヤモヤとしながら校舎を右下から見たアングルから写生していった。正直、立体的に書くのは上手じゃないけれど、算数の時間で習った直方体を参考にしながら紙に跡をつけていく。すると、近くで同じように校舎の写生をしていた男の子2人が、ひそひそと話している声が聞こえてきた。

「草田って、楽しそうに絵を描くよな」

「そうだよな。見ていていやされるわ」

 その話を聞いて、私は喜びが満たされていった。そして、楽しい気分で2時間の写生の下書きが終わった……はずだった。

 授業が終わったあと、担任の竹田先生は

松下花音まつしたかのんさんの絵は、とてもバランスが良く描けていますね。皆さんも真似するといいですよ」

 と、花音かのんの絵を紹介したのだった。

「ほーら、この私花音かのんちゃんは、こんなに絵が上手いということが、わかったでしょう?」

 そう言って自慢げに話す彼女の鼻を、へし折りたくなるぐらい腸が煮えくり返っている私。それと同時に、彼女の絵に追いつけない虚しさが、私の心を黒く染めていった。









「もう、絵なんか描きたくない」

 私はおおばあばに弱音を吐いた。初めての感情だった。

「わたしは、真理まりちゃんの絵が好きだから、描き続けてほしいな」

 とおおばあばは、またしても欲しい言葉をくれなかった。

「絵が下手だから、描いても無意味だし……」

「どこが下手なの?」

おおばあばの純粋な疑問が、私の思考をストップさせる。そして、コップから悲しみの感情があふれ出てきて、目には大粒の水滴が流れていた。

「全部、ぜんぶ下手なんだもん!上手い子から、下手だねって言われたんだもん!」

私のれた感情に、おおばあばは困惑した表情で見つめている。

おおばあばは、1度も上手いねって、言ってくれなかったし」

と私は不愉快な気持ちを表現した。

「上手いって、そんなに大事なことなの?」

大ばあばは私に問いかける。

「そりゃあ、大事だよ」

真理まりちゃん、字にはその人の感情や性格が出るって話は聞いたことがある?」

なんでいきなり字の話をするのだろうか。

「知らない、そんなこと」

「字が大きいとおおらかだとか字が小さいと内向的とかね」

「そんなの絵に関係ないじゃん」

「それは、絵に通じるところがあるんだよね。絵にも、その人の生き様が描かれるんだ。面白いもんでね」

そう言って、おおばあばは棚の奥をあさり始めた。しばらくして、大量の紙を取り出し、私の前に差し出した。


「この紙はね、真理まりちゃんの絵を時系列にまとめたものなんだよ。これは保育園の頃の絵で、これは今の5年生の絵だね。こんなに上手になって、細かいところも描けるようになって、それでもまだ求めるの?」


「でも、花音かのんちゃんに下手だって言われたから、絵が描きたくなくなっちゃって…」

「なるほどね。絵が描きたくなくなったのはそれが原因だったのか」

おおばあばは納得した表情を浮かべる。

「それで、どうしたいの?」

「私も花音かのんちゃん以上に上手くなって、ギャフンと言わせたい」

「そっか。じゃあ花音かのんちゃんへのとっておきの復讐方法を教えるね。復讐って言葉は好きじゃないけど」

「とっておきの方法?」

「それはね、バカにした相手のことを気にしないで幸せに楽しくすごすことが、最高の復讐方法なんだよ」

「でも私下手だし」

一生懸命いっしょうけんめいやってる人をバカにする人は、それだけで頑張っている人に『負けました』って言ってるようなものだよ」

「……」

花音かのんちゃんの絵、見せてごらん」

私は言われるがまま花音の絵を見せた。

「なるほど。花音ちゃんは絵のバランスがいいね」

「やっぱりそうなんだ」

「でも、真理まりちゃんは細かい部分もこだわることが出来るでしょう?それは本当に絵が好きじゃないと、出来ないよ」

私はおおばあばの話を聞いて、彼女の言いたいことを大ざっぱに考えて、理解した。

「つまり、バランスがとれるようになればもっと良くなると」

「さっすが真理まりちゃん。物分かりがいいね」

ということは、私にも希望があるかもしれない。

「私、絵をあきらめない。作品作り、頑張る」

「うん。また出来たらわたしにも見せてね!」

そう言って、私はすがすがしい気持ちで家に向かった。









「草田のやつ、写真にも絵にも定規でマス目を作って……。なにやってるんだ?アイツは」

「しかも真剣だしな」

後ろの男の子のひそひそ話を聞いてないふりをしながら、一心不乱にマス目を引いていく。そう、これが松下花音に対抗する究極奥義『補助線作戦』なのだ。補助線を引くことでどのパーツがゆがんでいるのかが一瞬でわかるしくみになっている。インターネットをあさって得た情報だけれど、なかなか実践的だなぁと考えていると、後ろから肩をつつかれた。後ろを振り向くと、竹田先生がニコニコしながら立っていた。

「どうしたんですか?」

と聞くと、

「草田さん、補助線を使って全体のバランスを良くしようと考えたんですね。その積極性、すばらしいですよ。花音かのんさんと同様に、展示てんじ候補こうほに入れておきますね」

そう言って、竹田先生は他のクラスメイトの写生を見るために去っていった。

っていうことは……、花音ちゃんと同等ってこと?

「やったーーーっ!!」

って言うのをこらえながら、心の中で喜びを噛みしめた。もちろん、竹田先生は私の絵を授業終わりに紹介してくれた。これで絵を描くことが趣味だって皆に宣言できる。








真理まりちゃん、前よりも絵のバランス上手くなったよね」

花音かのんちゃんの友だちが、私の絵を評価した。少しエラそうだけれど、ほめていることに変わりはない。

「そうかな?絵を描くことが好きだからほめてくれて嬉しいよ」

「……」

私のその対応に、花音かのんちゃんの友だちはけげんそうな顔をして去っていった。やっぱり気にしない心は大切なのかもしれない。この校舎の絵が完成したら、真っ先におおばあばに見せに行こう。



私の最高の復讐ふくしゅうは、始まったばかりだ。

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