セールーン飛空1990便墜落事故⑤:FDR
○ミリィ=セレネイド(事故調査チーム)の証言
回収チームは、私も参加しましたけど、それはもう大変でした。
まず沼と湿地のせいで足場が悪い。
しかも部品が水底に沈んでるんですが、沼の水が口や目、鼻、爪の間とかに入ると感染症を起こすので、防護服をいくつも重ね着しなきゃいけないんです。すっごい動きづらい。
その上あのときは夏でした。冷却魔法を使って休み休みやらないと、すぐ倒れてしまいます。
でさらにカカナクロコダイル以外にも厄介な動物が色々いて、部品かと思って水の中を探ったらヘビだったり毒トカゲだったりで。ハンターの人たちが失神魔法で対処して、もうてんやわんやでした。
カカナクロコダイルを始め、この沼地にしか生息しない生き物がたくさんいるので、基本的に殺せないんです。でなければ空港を作ったときに埋め立てています。
(もちろん私は自分で対応できますけど、と彼女は自信ありげに言った)
重作業ゴーレムは大きな残骸を運ぶのには強いんですが、水の中に沈んだ小さな部品を回収することには向いてません。
そんなもんだから回収作業の進捗は芳しくなかったですね。
『みんな頑張れ、もうすぐ援軍が来る』
数日で疲労困憊になった私達に、バルタザーレさんが言ったんです。
で、その言葉通り、援軍が翌日来ました。
なんとゴルンでした。
『ゴルン!? うわ久しぶり!』
師匠のとこのスーパーゴーレム・ゴルンは、長い金髪をした長身の女性にしか見えない姿で参加してきました。
『マスターの命によりまかり越しました。現時刻よりバルタザーレ捜査官の指揮下に入ります』
『ありがとう、よく来てくれた。とても助かる。早速、作業に入ってくれ。最優先は2つの黒箱だ』
『バルタザーレ捜査官の命令を受領。作業を開始します』
ゴルンが来た後は、それまでと比べ物にならないくらい作業が進みましたね。
暑さも感染症もワニもヘビも、ゴルンには関係ありませんでしたから。
昼も夜も休みなく働きますし、眼は水も闇も見通せます。人間よりも繊細な手で部品を次々と回収して、ついに黒箱を発見しました。
こうして1990便の残骸を、空港の整備場まで運んで、ようやく私達は事故機の検分を始めることが出来たんです。
『………エンジンは、どれも正常ですね』
まず2機のジェットエンジンを検証しました。
羽根車から燃焼室まで念入りに調べましたが、これといった異常はなかったです。
『エンジン停止とかじゃなさそうです。墜落の瞬間まで全力運転してたようですから』
エンジンの奥深くにまで泥や石が入り込んでたのを確認しました。ジェットエンジンは風を大量に吸い込むので、衝突時もちゃんと回転してた証拠です。
『主翼の補助翼も、尾翼の昇降舵と方向舵も、動翼も、特に変なところはないですね。
操縦室の計器類もスイッチも、おかしな設定はなし。動作試験の再テストもクリア。飛空艇の機能は全系統異常なしです』
私は機械的な原因があったわけじゃないことを、バルタザーレさんに伝えました。
『なるほどな。ではあとは、天候によるものかどうか……落雷はどうだ? 事故があったときの空港には雷雲が発生していた』
『雷避けの御守りには、なんの痕跡もありませんでした』
空は雷神ティーシャクーティンの領分です。
竜人文明は天の神々からの試練を掻い潜るため、飛空艇に落雷対策を施しました。私達もそれを真似しています。
もし飛空艇に稲妻が直撃したら、雷は機体の外側を通ります。
機体表面は雷の精霊の好きな金属で出来ており、その表面を通って主翼や尾翼に誘導されます。翼には剣のように突き出た金属製の御守りが何本もあって、稲妻はその雷避けの御守りから放たれて空に返ります。
(本来は雷の精霊が飛空艇に溜まってしまうのを防ぐ御守りだったんじゃないかなって私は見てるんですけどねー、と彼女は肩をすくめた)
この雷避けの御守りが発動すれば、御守りは焦げたり溶けたりするのですが、1990便にはそういった痕跡は見られませんでした。
『機体の他のところにも、落雷の跡はないな。雷に打たれたわけじゃなさそうだ。ならなんだ? 雨か?』
『連邦気象局と、空港の降水量観測ゴーレムの情報を取り寄せました。2分ごとの気象図がこっちです』
探知魔法はその発展により、雨の精霊を感知することが可能になりました。
それを使って、雨雲と雨量の様子を詳細に記録することが出来るのです。
『事故の2分前に、滑走路の端でいきなり強い大雨が降ってるな。ちょうど1990便が着陸しようとしていた場所だ』
『けど飛空艇の空中浮力を奪うほどの降水量じゃありませんよ』
『ではあとは………風か』
○レイル=バルタザーレ(事故調査チーム主任捜査官)の証言
風は飛空艇に恩恵と災いの両方をもたらします。
創造神ボンテーンは風の精霊に様々な神秘を与えました。
その中のひとつが、流れる風の中をある速度を超えて進むと、空中浮力が発生することです。古代の竜人はその神秘を解明し、空を飛ぶことを可能にしました。
そしてさらに研究を進めると、実は飛空艇自身の速度だけでなく、向かい風が強ければ強いほど、空中浮力も強まることが分かったのです。
これは逆に言うと、追い風の時は空中浮力が弱まってしまうということです。
特に着陸時に推力を絞っている状況で追い風になると、空中浮力を失って失速状態になり、非常に危険です。
『ワッサタウン空港には、風向風速ゴーレムが設置されていたはずだ。記録を見てみよう』
ワッサタウン・ロイヤーズ国際空港には全部で6カ所に、風向風速を計測するゴーレムがあります。
それらの情報から、事故当時の風の強さを割り出しました。
『天気のわりには、そこまで強い風じゃないな』
風は確かに吹いていましたが、ヘクター号型を墜落させるほどではありませんでした。
『天候は悪かったが、風も雨も飛空艇を墜とすようなものじゃない。実際、1990便より前にいた飛空艇はなんの問題もなく着陸できた………1990便にだけ、何が起きた?』
調査に若干の行き詰まりを見せていた、そのときでした。
セレネイドくんが朗報を持ってきてくれたのです。
『黒箱のうち、エフディーアール(FDR)の解析が終わったそうです』
墜落現場から回収された黒箱は、飛空艇の飛空情報を記録したFDRと、操縦室の音声を黒くしたシーブイアール(CVR)の両方を解析していました。
ただCVRの方は損壊が大きく、FDRの方が先に情報の抽出に成功したのです。
『初めて良い報せを聞いた。早速、みんなで見てみよう』
飛空局と事故調査委員会の本部がある首都圏での事故なので、こういった情報の遣り取りがすぐ出来るのは大きなメリットでした。
ワッサタウン空港の調査室に運ばれた飛空情報を、調査チーム全員で検分しました。
『…………ここだ。車輪も下ろして着陸態勢に入っている』
そのときやっと、1990便があの時どんな動きをしたのかが分かったのです。
『操縦ゴーレムは有効化、スロットルも自動。滑走路からの魔導誘導も捉えていて、その誘導に沿って降下している。降下率も問題なし。気になる点としては……速度が遅いな』
1990便は前の便との距離を開けるために、低速を指示されてました。
とはいえ失速しそうになるほどではありません。
『……おかしくなったのは、ここからだ。高度1600フィート。いきなり急上昇を始めている。速度も上がった』
高度1600フィート、つまり約480メートルの高度の時、1990便は不意にに加速と上昇を始めていました。
『速度が上がったので、操縦ゴーレムは指定された速度を維持しようとスロットルを絞りました』
『そしてその直後、今度は急降下した』
それは非常に特異な動きでした。
まるで何かが飛空艇を押し下げているかのような急降下で、操縦士の操作によるものとは思えませんでした。
むしろそこからは、操縦士達の戦いが見て取れます。
『対気速度が一気に落ちました。失速しかねません』
『即座にスロットルレバーを最大に押し上げた。同時にスロットルが自動から手動に。操縦士が自分で操縦を始めたようだ』
『エンジンパワーはマックス。最大推力』
しかしプラッツホイーニ製のジェットエンジンが、破損を招きかねないほどの最大稼働をしても、速度は上がりませんでした。急降下も止まりません。
不可思議な急降下がなんとか収まったとき、地上からの高度は500フィート、160メートルを切っていました。
『速度が上昇。機体姿勢も安定』
しかし、その数秒後。
『まただ。急降下。対気速度も急に落ちた。この速度はまずいぞ』
『失速します』
空中浮力を失った機体は右に傾きながら一気に落下。
墜落し、地上に激突しました。
『……一度は急降下に耐えたが、二度目の時には、失速を回復できる高度はなかった』
墜落までの様子は分かりましたが、原因までは分かりませんでした。
『1990便は何に襲われた?』
勘案していると、セレネイドくんがあるデータを示しました。
『ここ、見て下さい』
『これは……風向きか』
飛空艇にも風向きを観測するセンサーが備わっています。
黒箱は飛空艇が受けていた風の向きも、情報として記録していました。
『滅茶苦茶だ。横や後ろから急に吹かれたりしている。乱気流か?』
『……風向風速ゴーレムのデータ、外部に持ち出したいんですけどいいですか?』
『外部?』
『師匠のとこで、解析したいことがあるんです』
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