セールーン飛空1990便墜落事故③:発生
○ガウリイ=ラファエフ(ジャスティスセールーン キャプテン。魔剣士)の証言
ワッサタウン・ロイヤーズ空港に近付くと、雨脚が急に強くなって、天気が一気に悪くなったのを覚えてます。
私達はコーチ達も含めて全員一番後ろの席だったんですが、みんな外の天気を心配してました。特になんの案内もないまま、飛空艇は降下を始めました。
『今、何か外を飛んでなかった?』
隣の席にいたチームメイトのシルが、出し抜けに窓の外を指さしました。
俺も外を見ますが、暗すぎて何も分かりません。
『鳥じゃないか?』
『こんな天気で鳥が飛ぶ?』
『グリフォンだったりしてな』
『魔剣があれば退治してやれたのにね』
そのとき私達の魔剣は手荷物になく、バルク室という機体最後部の貨物室にありました。つまり私達の席の真下です。
魔剣のない魔剣士はいつも不安です。魔剣の加護を受けたときの魔剣使いなら、何が起きようが怖いものはありません。
けど魔剣を含め、魔導器具は客席に一切持ち込めません。だから誰も魔法を使えません。私達の運命は機長の手に委ねられていたんです。
無事に着いてくれよ、と祈ることしか出来ませんでした。
○ケイト=パステルリバー(ワッサタウン・ロイヤーズ国際空港 管制室 飛行場管制席担当(当時))の証言
セールーン1990便が来たとき、まだ前方のロードース1988便と近かったので、減速させました。
『セールーン1990、ワッサタウン・タワー、150ノットに減速』
『ワッサタウン・タワー、セールーン1990、150ノットに減速』
それからセールーン1990便から報告がありました。
『タワー、セールーン1990、雨に打たれている、風速を知りたい』
『セールーン1990、風は090より15ノット』
『タワー、セールーン1990、了解。風は090より15ノット』
風と雨はありましたが、離陸が不可能というほどではありませんでした。
実際、セールーン1990便より前に同じ条件で他の便は着陸できていました。
そしてセールーン1990便の前を飛んでいたロードース1988便も、無事に着陸完了しました。ロードース1988便へ誘導路の指示をし、地上管制へ引き継いだ後、セールーン1990便の進入を見守りました。
……セールーン1990便が高度1650フィート(約500メートル)になったとき、それが起きたんです。
セールーン1990便が、横に大きく逸れていきました。
○ガウリイ=ラファエフ(ジャスティスセールーン キャプテン。魔剣士)の証言
突然でした。
激しい横揺れが起きて、何事かと思って辺りを見回しました。
何かが飛空艇をシェイクしているような感じで、悲鳴を上げてる乗客もいました。
『慌てるな、ただの乱気流だ』
ってチームメイトのゼルが言いました。彼は仲間の中で一番博識なので、これが風の精霊の力か、と感心しました。
そこで突然、機体が上昇しました。
空港に向かって降下してるはずなのに、座席に押し付けられる感覚が急に強まって、なんだこれって思ってると、今度はいきなり逆に急降下したんです。
誰かが飛空艇を持ち上げて、ぱっと手を離したみたいな。
体が真上に引っ張られて、歯を食いしばりました。あの落下するときの気持ち悪さは、今でも思い出してしまいます。
そのとき、エンジンの音がものすごく大きくなりました。
今までの旅で一番大きな音、フルパワーを出してるような凄いエンジン音でした。
ただそれだけエンジン音が大きくなってるのに、前に加速してる感じはありません。
落下だけがひたすら続きました。
それが、突然終わったんです。
『なんだ?』
急な落下が消えて、上に引っ張られてた感覚が、今度は反動で床に押し付けられる感じに変わりました。それも消えると、嘘みたいに普通のフライトに戻りました。
エンジン音だけがやたら大きく、乗客のみんなも固唾を呑んでました。何が起きたのか分からない感じでした。もちろん私も。
『終わった、んですかね……?』
仲間のアメが聞いてきて、隣の席のゼルが『多分な』と応えてました。
私はやれやれと息をつきました。
……そのときでした。
また飛空艇が激しく横揺れを始めたんです。
と思ったら、また急降下が起きて。
『っ!?』
窓の外に黒い地面が見えました。飛空艇の照明魔法に照らされた地面が、もう目の前まで迫ってました。
地面が見えてる角度から、大きく右に傾いてるのが分かりました。
そして、ドスンッという衝撃が下から来ました。
○ケイト=パステルリバー(ワッサタウン・ロイヤーズ国際空港 管制室 飛行場管制席担当(当時))の証言
『セールーン着陸復行!!』
私は叫びましたが、なんの意味もありませんでした。
セールーン1990便は急降下し、滑走路から横へ大きく逸れて地面へ急接近しました。
『緊急事態! 墜落する! セールーン1990!』
管制室で叫びながら、遠眼鏡で飛空艇を探しました。
夜の雨の中で、飛空艇の夜間照明灯をなんとか見付けました。
そのときにはもう、セールーン1990便は主脚から地面にぶつかり、バウンドをしていました。
跳ね返ってやや浮上しましたが、すぐに落下してそのまま空港の彼方へ突進して、視界から消えました。地上用の探知魔法ゴーレムもそこまでは探知できません。
『まずいぞ、あっちはシムル沼だ』
管制室の誰かが叫びました。
シムル沼はワッサタウン・ロイヤーズ国際空港の近くにある沼地で、カカナクロコダイルの生息地です。分泌液が強力な治療薬になるため保護動物に指定されていますが、獰猛で有名なワニです。
救急隊へすぐ出動を命じました。
そのとき、見たんです。
セールーン1990便の向かった先で、真っ赤な火の手が上がったのを。
○リナ=シャブラニグドゥス(四魔協 世界王者。魔剣士)の証言
『落ちた! 飛空艇が落ちた! セールーンのやつ!!』
待合室にそんな叫びが出たのは、追ってきたコーチ達にたっぷりと怒られてたときでした。
私はすぐにその叫んだ人のところへ駆けて、
『セールーン? セールーンの1990便ですか?』
『間違いねえよ! 俺、空港と飛空艇の通信魔法を聞いたもんよ! セールーン1990が落ちたって!』
『おいっ! 外で燃えてるぞ!』
『シムル沼だぞっ、シムル沼で燃えてるぞ!』
そのとき、私の魔剣が、私に教えたんです。
4本の魔剣が、助けを求めてる、って。
魔剣たちは魔剣だけの会話が出来ます。魔剣士だけが彼らの声に耳を傾けられます。
私はその場の全員を置き去りにして、空港の外に出ました。
ひどい雨でしたが、確かに遠くに炎の光が見えました。
あっちだ、と魔剣が言いました。
私は走りました。
○ガウリイ=ラファエフ(ジャスティスセールーン キャプテン。魔剣士)の証言
……落ちたときのことは、よく覚えてません。
気付いたときには、周りは何もかも壊れてて、俺は座席にシートベルトでくくりつけられてました。
俺の座席は床ごと沼に放り出されてて、遠くから赤い炎が見えました。
飛空艇は無くなってました。
何が何だか分からない残骸と、何個かで固まった座席、そこにいるシル、ゼル、アメ、コーチ達、他の乗客。みんな動かなかった。
俺も体中が猛烈に痛くて、動かせなかった。力も湧かず、頭もうまく働かなくて。シートベルトをしてることも、そのときは分かってませんでした。
でも、何かが近付いてるのは分かりました。
カカナクロコダイルでした。
全長は7メートルぐらいで、クマとワニを掛け合わせたみたいなやつです。
ワニみたいに沼を泳ぐことも、クマみたいに立つことも出来ました。
それが何匹も、群れで俺たちのとこに来てたんです。
俺の前に来たのは、その中でも一際でかくて、10メートル近いやつでした。
『っ! っ、っ!』
俺はそいつが迫ってくる中、どうにか動こうとしましたが、駄目でした。体が動かせないし、魔剣もない。
カカナクロコダイルは動かない仲間のところにも迫ってました。立ち上がって鼻を鳴らしながら、ゆっくり近付いてきました。
嘘だろ? 冗談だろ?
って震えました。
魔剣士が、喰われて死ぬ? 斬って斬られる名誉を求める魔剣士が? 魔剣も持たずに?
ほとんど錯乱してた俺に、クロコダイルが口を開けて迫りました。
太く鋭い牙がすらっと並んだ大きな口が、視界いっぱいになって。
次の瞬間。
そいつの体が倒れたんです。
糸の切れた操り人形みたいに。
『………え?』
俺のすぐ脇に10メートルの巨体が倒れて、沼の水が派手に飛沫を俺に浴びせました。
その飛沫が俺に掛かる前、俺は、仲間に襲いかかってた他の10匹近いワニどもも、同じように倒れるのを見たんです。
沼の飛沫が掛かって、意識が若干はっきりしました。
でも、やっぱり俺は頭がおかしくなったんだなって思いました。
だって、そこにいるはずのない人がいたんです。
骨だけの翼、紅玉みたいな赤い瞳、黒紫の魔剣をもった、
――――王者リナ=シャブラニグドゥスが、そこにいたんです。
『だ、大丈夫、ですか?』
世界王者は、恐る恐るという感じで聞いてきました。
俺は目の前のことが理解できなくて、小さく頷くだけでした。
ただ、
『な、仲間が……』
とだけなんとか呟きました。
シャブラニグドゥスは頷き、
『大丈夫です、魔剣を先に拾っておいたので、魔剣の持ち主に返しました。あなたのも』
そう言って、シャブラニグドゥスは俺の魔剣を丁寧に俺へ添えてくれました。
魔剣は全力で俺の回復を始めました。
感覚が戻りました。俺は魔剣使いに戻れたんです。
『コーチ達の魔剣に、場所を伝えました。救急隊もすぐに来ます。頑張って』
思ってたより幼い顔立ちで、けど赤い瞳が鋭く暗闇の中を見据えてました。
『魔剣士が、魔剣以外で倒れる不名誉を、私は許さない』
シャブラニグドゥスの姿がかき消えました。
剣光だけが、闇の中で迸りました。近付いてくる新手のカカナクロコダイルを退治してたんです。
きれいでした。
俺は自分が置かれてる状況も忘れて、救急隊が来てくれるまで、彼女の魔剣技に見蕩れてました。彼女は俺たちの名誉を守ってくれました。
救助を待っている間に、雨はいきなり止みました。
まるで墜落した俺たちを見て、満足したみたいに。
……ずっと後で分かったんですが、飛空艇は沼地にぶつかったときに頭、真ん中、後ろの3つにへし折れたそうです。
頭と真ん中は激突と同時に燃料に発火して爆発しました。乗客はほぼ即死だったそうです。
後ろの方にいた俺たちは、重傷も多かったんですけど、他の2つに比べると死者がかなり少なかったようです。魔剣の加護もあって、チームメイトもコーチ達も、誰も死にませんでした。
だから、あのとき、もし俺たちが前の方の席にいたら、シャブラニグドゥスが来る前に死んでました。
後ろの席にいても、シャブラニグドゥスがいなければ、やっぱり死んでましたけどね。
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