宵に沈む「恋」なれば、
青葉 ユウ
-- 第1部 --
◇0:祈り
「リディア・クロズリー、そなたに祈祷師としての任を与える」
夜明けに差し込む朝陽が、壁一面を鮮やかに飾るステンドグラスから差し込む。
ラティラーク王国が讃える聖霊をモチーフに描かれた天井画に溶け込むシャンデリアの灯と相まって、花吹雪のように大聖堂を彩っていた。
祭事の際に国民が押し寄せる大聖堂には両手で数えられる程しか人がおらず、シンとした静謐な空気の中、国王の声が悠々と響き渡る。
礼をしたまま頭を垂れる私に向け、国王は更に言葉を重ねる。
「面を上げよ。我がラティラーク王国の希望の光、聖霊と我ら国民の架け橋になるよう励んでほしい。そなたの祈りが我が国の象徴となることを私も祈ろう」
「身に余る光栄にございます。クロズリーの名にかけて、ラティラーク王国に忠誠を誓います」
姿勢を正して顔を合わせた国王は、慈しみを含んだ朗らかな笑みを浮かべていて。向けられた穏やかな眼差しに形容しがたい既視感を覚えた。
私と向き合っているはずなのに、見ている先は私ではない。
私の身に宿っている
「これより祈祷師様の祈りを補助する魔紋を刻ませていただきます。リディア様、こちらへ」
国王の左方に控えていた司教が手を掲げ、傍らにある祭壇へと移る。
司教と祭壇を挟む形で向き合うと、金の装飾で縁取られた鍵付きの宝石箱から小指の爪ほどの四つの聖石が取り出された。事前に伝えられたとおりに右の手のひらが見えるように腕を伸ばすと、正方形の聖石が間隔を空けて一つのひし形になるように手首にのせられる。
――私が言の葉を唱えることで聖石を手首に埋め込みますが、痛みはありませんのでご安心ください。ただし、リディア様が拒絶されると上手く溶け込みませんので、深呼吸をしてリラックスしていてください。
司教から事前に説明された話を思い返す。
聖石に厚みはないから埋め込むといっても肌に張り付く程度なのだろう。桃色に近い透明感のある紫だが、よく見ると紫紺の細い筋が模様のように入っていることがわかる。
早まる気持ちを息を吐くことで落ち着かせて司教へと目線を向けると、待っていたかのように詠唱が始まった。
聖石が微かに熱をもつ。
紡がれ続ける言の葉に呼応して、少しずつ聖石が淡く光を纏う。
やがて水が浸透するかのように肌に溶け込んでいき、司教が言の葉を唱え終えると同時に眩く輝いた。
咄嗟に瞑った瞼を開けて手首を見ると、聖石は私の一部となっていた。
爪のように皮膚との境目は滑らかで、表面もつるりと緩やかな曲線を描いている。
次いで司教は二段重ねとなっていた宝石箱から腕輪を取り出した。
幅の広い平打ちされた金の腕輪の切れ目から腕に嵌められるのを静かに眺める。切れ目の両端には金具が付いており、埋め込まれた聖石と同様に四つの聖石を繋いだ鎖がカチャリと音を鳴らして留められた。
手首と腕輪の聖石が重なる。
思わず開いてしまった口を急いできつく結び直した。気を抜くと声にならない感嘆が漏れてしまいそうだ。
聖石は合計八つ。角度を変えて重なったそれらは一つの花模様を浮かび上がらせた。
淡い紫の花が咲き、大聖堂を照らす光を吸収しているかのようにキラキラと光を放っている。
「発動の確認をお願いいたします」
呼吸とともに緊張も飲み込む。
大聖堂の中心で、それも国王の目前で祈ることになるとは思ってもみなかった。
祈祷師になる資格があるのかを、今この場で試されている。
「聖女ラティラーシア様の御心が、夜明けを彩る星々とともに我らを守り、お導きくださることをここに祈ります」
――魔紋は手首に埋め込む聖石と腕輪の聖石が重なることで完成しますが、祈祷師様の心からの祈りでなければ発動はしません。
(お願い、どうか発動して)
物心がついたころから一日も欠かすことなく、聖霊様に祈ってきた。
けれど、初めて私は私の中に宿る聖霊様に祈る。
私はあなたと共に祈祷師としての役目を果たしたいのだと。人々の役に立ちたいのだと。
祈りを、願いを込めてこの国の誰もが祈る言の葉を紡ぐ。
「エクラシア・フィデラーレ」
声が震えた。
心臓もドクドクと脈打っている。
一秒一秒がとても長く感じるけれど、不思議と失敗するとは思えなかった。
キィ――……ンと甲高い音が耳に響く。
魔紋が聖石の真上に広がって、暖かな光の粒がはらはらと降り注ぐ。
(これは成功、よね?)
聖霊様が私の気持ちに応えてくれたと信じていいのだろうか。
そばにいる司教に目を向けると頷く代わりに深い笑みを残して、ゆっくりと頭を下げた。
「発動が確認されましたので、これにより拝命式を終了させていただきます。新たなる祈祷師様に聖霊王及び聖女ラティラーシア様のお導きがあらんことを」
心の中で聖霊様に感謝して深く一礼をする。
私は今、この瞬間、伯爵令嬢リディア・クロズリーから“祈祷師”になった。
――――そうなることを私自身が望んだ。
大聖堂を出る際、脇に控えていた魔導騎士団副団長と目が合う。眉間にしわの寄った、怒りとも呆れとも思えない表情が出会ったときのことを思い起こさせた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます