解放を求めて
妻が妊娠していた。相手は誰だかわからないらしい。相手がわかればその相手との、第二の人生を祝福することもできたかもしれないが、誰かも絞れないほど複数の相手と避妊もせず自分の股を開き不貞をはたらいていたということ自体が私には大変衝撃的だった。愛子のことを腕に抱くことすらできないほど私は憎んでいる。
旅に出ることにした。会社から有給の消費を言われた為、家族三人で那須という栃木と群馬の間のような場所に向かった。平地より少し高い場所で、夏に観光に来るひとがちょくちょくいると言われている場所だ。私は愛子から逃げてきたのだ、怒りよりも悲しみが上まった時点で私の愛子への愛がここまで残っていたことに驚きを隠せなかった。彼女はきっと産むだろう、そして一体誰が育てるというのだろうか。
「拓未さん」
「え、」
「ボーッとしてると、事故を起こしますよ」
「ああ、ごめん」
「愛子さんとのことを忘れるために来たんですから、もっと楽しまなくちゃ」
「でも、」
「みゆはね、お母さんのことでとても傷ついたけど」
みゆは何かを噛み締めるように続けた。
「この三人なら乗り越えられると信じてるから」
私はなんて幸せな人間なんだろう、どん底に落ちたとしても手を掴んで引っ張ってくれる人がこんなにも沢山いるのだから。
「わかった。この旅行中は忘れるよ」
そう言って私は気合を入れ直した。其処からの時間はあっという間過ぎて一つ一つ語ることすら難しいように感じる。二人の笑顔を見ているだけで、私はこの二人を守らなくてはいけない、そう確信させてくれた。食べ物を口に運びながら、私に微笑みかけてくれる娘は私にとって命と同じだけの価値があった。
二泊三日の旅行も2日目の夜を迎えて残りわずかになってきていた。妻と娘が一緒に浴場に向かい私は一人で男湯に入った。男は寂しく静まり返っていて、少し時間の遅い今日は私以外に殆ど人がいなくなっていた。湯船に浸かり、心を落ち着けていると現実が目の前に迫ってくるような気がして身体が震え始めていた。頭がクラクラとし始めここ最近に起こったことが私の頭にフラッシュバックし始めた。
「私のことは誰が育てるの?」
ふと、男湯の中で少女の声がした。
「誰だい?」
私は慌てふためき浴場を見渡した。すると、一人の女の子が私と同じ湯船に浸かっていた。
「あなたが私を見捨てたら、ママは一人で私を育てなくちゃいけないんだよ」
何故だか知らないが、この子がお腹の中の子だと私は決めつけた。
「愛子だって、沢山相手してくれる人がいたんだ。一人くらい拾ってくれるさ」
「本気でそう思ってる?」
「嗚呼」
「そう、じゃあ誰も助けてくれなかった時は?」
「自業自得じゃないか」
「見捨てるの?」
「だから、誰かが助けてくれるって言ってるだろ!」
「人のせいにするんだ、まだ産まれていない私のことを、生まれる前からどん底に叩き落とすんだ」
「何を言ってるんだ。義母さんだっているなんとか自分でするだろ」
「そっか、みゆお姉ちゃんが羨ましいな」
「何の話だ」
「同じ母親の腹から産み落とされたのに、ここまで人生が変わるんだね」
「何なんださっきから、もう俺に構わないでくれ!」
「うん、また会えたらいいね。おじさん」
「うるさい…うるさい!じゃあどうしろというんだ、馬鹿な真似した愛子の代わりに俺が育てろとでもいうのか?自分の子供でもないのに、愛せると思うのか!」
私がいくら叫んでも、少女は言葉を返してくれはしなかった。熱気にあてられながら私は回らない頭を使い愛子のことを考えていた。少しずつ周りの起因と湿度が下がり始めたのを感じた。どうしたのだろうか?回らない頭で考えた。ふと、私の頭が優しく抱かれた。
「私がなんとかしますから」
「嗚呼、ありがとう」
私はゆっくりと眠った。
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