座敷わらし憑きレンタカー
市川小鉢
第1話
人を殺した。
相手は近所に住む不良だ。
殴られた。殺されかけたんだ。
しょうがないじゃないか。
でも、法は許してくれない。
日が昇る前に俺は逃げることにした。
店員から奪い取るようにして鍵を受け取る。店を出て暗く無骨な地下の駐車場に向かうと、その片隅にポツンと黒い車体を見つけた。これが借りる車で間違いないだろう。鍵穴の位置を確認してから鍵を差し込み回そうとして、ふと車内に視線を移した。助手席からガキがこちらをキラキラした目で見詰めていた。
何で車内にガキがいるのか謎だったが、急いでる俺には理由なんてどうでもよかった。
「こんにちわ!」と声を掛けられる。
「降りろ」
「やだ!」
ガキは降りようとしない。
「急いでるんだ」
ガキの腕を掴み、力づくで降ろそうとする。
「やだ!僕降りない!怒られちゃうもん!」
「怒ってんだよ!」
……なんだ?大の大人が力で引っ張っているのにガキを助手席から降ろすことができない。
「クソッ」
全力で、何度引っ張っても結果は同じだった。
「ハァ……ハァ……チッ」
容姿に見合わないバカ力で抵抗するガキ。こいつをどう降ろすか。
頭を使えば、当たり前の発想に行き着いた。俺は再度店員の元へ向かった。
自動ドアが開き、中を歩きカウンターに大きく右手をついて
「ガキがいるんだが」
とクレームをつけた。
それに対し、先程対応した「鈴木」という店員がおどおどした態度で言った。
「申し訳ありません、先程もお伝えしましたがそういうサービスですので……」
「は?そんな話をされた覚えはない」
俺の人差し指がストレスで机を叩き始める。
「お客様が聞いてなかったんじゃ……」
「ふざけるな!俺は急いでるんだ!あのガキを降ろせ!!」
「申し訳ありません……それは出来かねます……」
「それくらい出来るだろ!」
「申し訳ありません……」
意味不明だ。だが急いでる俺には他の店をあたる余裕がない。
「他の車は」
「他は全て貸し出し済と先程……」
「クソがッ!」
舌打ちとカウンターへの蹴りをかまして、再び車に戻る。
ガキはまだそこにいた。
「おかえり!」
「オマエ、降りる気はないんだな」
「うん!」
「分かった」
このガキがどうなろうと知るか。
俺はガキを無視して運転席に乗り込み、鍵を回すとアクセルを踏み込んだ。車は爆音を上げて車庫を飛び出した。
「お兄さんお名前は?」
「どこまで行くの?」
「その黒い服カッコいいね!」
「妖怪っていると思う?」
「今何時?」
街外れの道を走る中、最初ガキはいくつか俺に質問をして来たが、俺はそれを全て無視した。このガキをどうするか。どこで車を止めるのか。その後はどうやって逃げるのか。そのことにずっと頭を使っていた。気がついたら日がすっかり昇っていた。
しばらく考えている内に、どうせ山にでも乗り捨てるから、一緒にガキも捨てればいいと思った。馬鹿力で抵抗されないよう、テキトー言って置いていけばいい。その後のことなど知ったこっちゃない。ガキだから俺のことは詳しく話せないだろうし、死んだら死んだだ。そう考えると少し気が楽になり、こわばっていた身体の力も少し抜けた気がした。その時だった。
「ブレーキ」
「は?」
「ブレーキだってば!」
ガキが叫んだ。瞬間、甲高いブレーキ音と共に車が勢いを失った。
「ッ!?」
「わぷっ」
急ブレーキの衝撃でエアバッグが飛び出し身体が埋まる。そして車は停止した。
「ッ何すんだ!!」
俺はブレーキを踏んでいなかった。ガキもブレーキに足が届くような身長じゃない。なのに俺はガキに怒鳴っていた。戸惑いよりも怒りの方が勝っていた。
「見てて」
ガキは鋭い眼差しで歩道の方を指さしてそう言った。
会話にならない返事と、分からない現状に戸惑いながら歩道側に目を向ける。
直後、物凄いエンジン音と共に黒い塊が目の前の工事現場に突っ込んだ。破壊された轟音と、けたたましいクラクションの音が鳴り響く。目の前で起きたことが分からなくて、俺はただ茫然と車からその様子を眺めていた。
「ほらね、危なかった」
凄惨な事故現場を目の当たりにしてガキは、俺の方を見て笑った。
「なんだよ……なに笑ってんだよッ!!!」
ガキが死神の様に見えて、その笑顔の意味も、今の事故も、何も分からなくなる。
「なんで俺だけがこんな目に合わなくちゃいけないんだよッッッ!!!!」
理不尽を呪ってドアを押し開け車外へ飛び出した。
「待って!」
ドアの開く音がする
「ふざけんな!!!!付き纏うなァァァ!!!!」
俺の頭上から何かが外れたような音が聞こえ──
「待ってって言ったのに……」
言うことを聞かなかったお兄さんは鉄骨に押し潰された。
振り向くとさっきまで乗っていた黒い車も、ぺしゃんこになってる。僕だけが鉄骨と鉄骨の隙間に立っている。まただよもう……。
「ハァ……鈴木さんに怒られちゃうなぁ……」
怒る姿を想像したらため息が出ちゃう。
お兄さんを止めようとしたのに、ていうか実際止めたのに。僕悪くないよね。うん。悪くない。
とは言っても車はぺしゃんこ、運転手もいない。怒られる以前に帰る手段が無くなった。
どうしよう……。
「はぁ……ヒッチハイクでもしよう……」
座敷わらし憑きレンタカー 市川小鉢 @1k58
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