めんどくさい彼女

おおきたつぐみ

第1話 私の彼女は、めんどくさい彼女 〈慧視点〉

 体がびくっとしてふと目覚める。

 部屋は真っ暗で、カーテンの隙間から見える空も暗く、まだ夜が深いことが分かる。

 充電コードをつけっぱなしのスマホが手の中で熱くなっていた。


 ──やば、寝落ちてた。


 充電コードを引っこ抜き、スマホを起動させる。

 ああ、とため息が出る。LINE未読15件。みんな莉理(りり)からだ。


 慌ててトーク画面を開くと、会話の途中から反応をしなくなった私に対し、

 <あれ? 反応ないね?>

 <もしかして寝てる?>

 と、だんだん莉理の雲行きが怪しくなっていく。

 <寝たんだね>

 <寝る前にはおやすみ、愛してるって言ってっていってるじゃん。自分が寝そうなこともわからないの?>

 などなど怒りのメッセージが続き、最後に<寂しいよ>で終わっていた。


 ──ああ、めんどくさい。


 正直、莉理の相手は面倒だった。繊細で感受性が強く、こちらの意図以上に言動を拡大解釈し、喜んだり落ち込んだり怒ったり。

 私はそこまで感情の起伏はないし、あまり言葉に気を配らないで思うまま話してしまうから、莉理はよく傷つき、よく泣く。泣かせるつもりなんてないのに。

 そこからの喧嘩が繰り返され、次第に莉理は自分が不用意に傷つかないように、小さなルールをたくさん作り始めた。 


 朝、起きたらすぐメッセージ送ること。

 ランチはできる限りいつも一緒に。

 週末もできる限り一緒に。

 残業になる時、接待になる時、何でも一番に莉理に伝えること。

 飲み会の時はメンバーを伝えること。

 寝る前にはおやすみと愛してるをいうこと。


 莉理いわく、そうしてくれたら自分は安心していられるから、喧嘩にもならないし慧(けい)も穏やかでいられるでしょう、ということだった。

 そうかと思って従っているけれど、正直めんどくさいし、そこまでの熱情がない私は仕事にかまけて何かとうっかり忘れてしまい、莉理を悲しませてしまうのだった。


 結局、性格が合わないんだろうなと思う。

 莉理が求めるものに応えてあげられない。

 そもそも仕事じゃあるまいし、恋愛ってこんなルールに縛られるものじゃない、とも思う。


 ──でも。


 最初に莉理を好きになったのは私。

 転勤でこの支社の営業部にやってきて、経営企画部にいる同期として莉理を紹介され、仕事や同期会でやり取りが増えていった。

 ふわふわのロングの髪、真剣になったりおどけたりくるくる変わる表情が可愛くて、飲み会ではよく笑うところが新鮮で。


 はじめは、その豊かな感情の全てを見ていたい、と思った。

 だんだんと、彼女を独り占めしたくて、自分のものにしたくなって。

 彼女の感じる悲しみ、寂しさは減らしたり癒やしてあげたかったし、その何倍もの喜びをあげたかった。

 階段で泣いているのを問い詰め、彼に浮気されているんだと打ち明けられ、相手から奪い取ったのは私。


 だから、めんどくさくても莉理のことは幸せにしなきゃ。

 それは甘い義務だった。

 安心させなきゃ。

 私が愛しているのはただ莉理ひとりだって。


 <莉理、寝ちゃってごめんね>

 と私はメッセージを打ち込んでいく。

 <寂しい思いさせてごめん。愛してるよ>

 <世界で一番莉理を愛してる>

 莉理と付き合い、莉理が私に伝えてくれて覚えた言葉たち。

 最初は、好きという言葉すら、照れて口にすることもできなかったのに。


 ふっと全てのメッセージに既読がついた。

 莉理が起きたのだろう。

 <ごめんね、起こしちゃった?>

 <慧が起きたらいいなあと思って寝たり起きたりしてた>

 そして出てくる泣き顔のスタンプ。

 <バカ慧>


 ──ああ。めんどくさくて可愛い私の彼女。


 <ほんとにごめんね。ねえ莉理、電話できないかな。声聞きたい>

 明日は大事な会議だったなと脳裏をよぎるけれど、それより何より彼女の機嫌を取る方が私には大事だった。


 だって私はこのめんどくさい莉理を誰よりも愛しているから。

 これからもずっと、独り占めしていきたいから。

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