アトリエ

小窓から差し込む夕陽に

部屋は朱に染められた。

見事なワインレッドだ。


差し込む光を埃が反射して

雪のようにも見える。


この部屋に内包するものは祖父が遺したアトリエだ。

もともと、誰も手をつけない物置だったところを一人で片付け、いつの間にか、アトリエへと改造されていた。

放棄されていた箒やらを画材にするものだから、大したものだ。


まだ私が高校生の頃は、この部屋に入り浸っていた。

携帯ゲームを持ち込み、口うるさい父に隠れてゲームをし、祖父は絵を黙々と描いていた。

数年間祖父と共に四季を刻んだ。

春は、外に出て撮ってきた風景を模写した。

夏には、飲み終えたラムネ瓶のガラス玉から漏れる光だけを描いた。

秋は落ち葉を拾ってきて、糊をつけたキャンバスの落とし、運による作品を作った。

冬はこたつを出し、想像上の世界を描いていた。

私は、それを眺めたり、一緒に下手な絵を描いたり、こたつの中で寝ていたりした。

その間、祖父は嬉しそうに絵を描いていた。と母が言っていた。



祖父の創作活動は、20年間続いた。

水彩画、油絵、鉛筆だけで描いたりもした。

祖父は、出来たものを友人に自慢したがる性分だったので、度々友人を家に上げたりしていた。。

どうやら、気に入られた作品がいくつかあるそうで、数点なくなっていたことに、いまさらになって気づいた。


物思いにふけていた。どのくらい時間が経っただろうか。

周りはもう暗い。

彼がいなくなったアトリエは、暗い中に青みを帯びている。



私は深海を見た。



カチリとスイッチが入った音の後に、フィラメントに電気が通る。

ヂヂヂと音がなり、チカチカと点滅し、部屋を照らした。

「なにしてんの?」


振り返る

「姉さん」

姉だ。

私が高校のころに”自分探し”にバイト代で3年間家を空けていた姉だ。


「ん~?あー何してたんだろ」

ぼーっとしていた。深海に思いを馳せていたのか。

その心は、もう無意識の波に流されてしまった。


「まぁ、なんでもいいけどさ。そろそろご飯だから」

そう言って戸を閉め、廊下に足音が離れていった。


私は近くにあった四角い天板の椅子を寄せ、食卓に持っていった。


「何もってんのぉ」

母が言う


「これから私が座る椅子」

今まであった椅子と取り換え、座る。


夏も終わりに差し掛かる9月の上旬、都会に疲れ、会社を辞めた。

特に意味もなく実家に帰った私を、両親は学生時代のように当たり前に迎えてくれた。

ただ無為に過ごすのも嫌だったので、何となく。

祖父と同じことをしたくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る