第152話 side ダイス④
護衛訓練の最中にエルクの秘密を知ってしまった。
エルクの中にはもう1人の人格がおり、その男が表に出ている時は、普段のエルクが普通に見えるくらいに圧倒的な存在感を放っていた。
俺は男に恐怖しつつも、男と学院長の話に混じることにする。
男と学院長との話は難しすぎでよく分からなかった。
分かったのは、学院長が実は体を乗り換えて生きながらえていることと、昔に命を落とした人を生き返らせようとしていること。
それから、学院長が願いを叶える為に、学院長はこの男がエルクの外に出ることに協力すること。
この男を果たして外に出してもいいのだろうか……。
やろうと思えば今この時にでも世界を滅ぼせそうなので、滅ぼすつもりはないのだろうが、何かのきっかけで考えが変わる可能性はある。
学院長が体を入れ替えているというのも気になるが、今は男の言ったことが気になる。
あの女がヤバいものに手を出しているそうだ。
それが何かは教えてくれなかったが、王位を狙ってのことらしいので、次の王位を早く決めなければならない。
城に戻った俺は親父に会いに行く。
「勇者の装備を献上する。代わりに次の王に俺を指名しろ」
「急にどうした」
「あの女がクウザを王にしようと裏で画策しているだろう。元々母上の件がなければ王位は俺だったはずだ。親父も本心ではあの女の仕業だと分かっているだろう。親父の面子を潰さないように勇者の装備という功績は出してやる」
「言いたいことはわかるが、急にそんなことをすれば国が荒れる。功績の対価としてソフィアの罪を無かった事とし、本来の継承権争いに戻す。それでは納得出来ないのか?」
「そんな甘い考えをしているから、あの女が調子に乗っているんじゃないのか?俺もあの女がしているような方法で継承権争いを有利に進めようとすればいいのか?その方が国は荒れると思うが、それでいいんだな?」
親父が間違っているわけではない。
間違ってはいないが、民が犠牲になっているのがなぜわからない。
あの男が言っていたこともある。すぐにでもあの女を止めるべきだ。
「それが本当にやらなければならないことならやるといい。まずはソフィアの罪を消す。その考えに変わりはない」
「親父がここまで無能だとは思わなかった。失望した。それなら俺は俺のやり方でやらせてもらう」
あの男の事を知らないのは仕方ないが、証拠がないにしても、あの女が悪事を働いていることには気付いているだろう。
王として慎重に判断しないといけないのは分かるが、判断しないといけない時に行動に移せないとは失望しかない。
そもそも、母上が軟禁されたのも親父が犯人を見誤ったからだろうが。
その結果、クウザが王になる可能性が高まったというのに、何故こんな苦労をしないといけない。
あの件が無ければ、俺が王になることは揺るぎなかったのだから、それを貴族連中に表明するだけだろうが。
俺は啖呵を切って城を後にする。
さて、親父が当てにならない以上どうするか。
母上の罪が無かったことにはなるのは嬉しいことだが、親父があの様子ではあの女は止まらないだろう。
まずは中立派の連中を俺の派閥に入れることから始めるのがいいか……?
いや、それよりも先に、この境遇になっても俺を信じて派閥から抜けずにいてくれた者達と連絡を取るか。
俺は手紙を書く。
内容は母上の罪が無くなることだ。
勇者の装備を献上したことで恩賞の授与式が行われるだろう。
通常であれば、定例会議後に行われるはずだ。
議題にもよるが、定例会議には王都に住んでいる貴族しか参加しない。
自らの領地に身を置いている貴族は、王都に代理の者を住まわせており、その者に参加させている。
俺はこの日だけは当主自らが参加して欲しいと書く。
そして、俺が王になった後の話をしたいから時間を空けておいて欲しいとも書く。
「ダイス様、恩賞についてお話ししたいことがございます」
夜になって大臣が部屋にやって来た。
「入ってくれ」
とりあえず部屋に入れて話を聞くことにする。
「国王様より、ダイス様がご機嫌を損ねられて話の途中で帰られてしまったと聞いております。介入するつもりはありませんが、恩賞を与えるに当たってのお話はさせて下さい」
「それは悪かった。親父とは考えが食い違っただけだ」
俺は勇者の装備を手に入れた経緯を説明し、エルクとラクネにも恩賞を与えてもらえないか話をする。
「問題ないでしょう。そのように致します。ダイス様はソフィア様の件を恩賞として受け取るということでよろしいでしょうか?」
「ああ」
「ご学友のお二人はどうされますか?」
「俺の方から聞いておく」
「承知致しました。爵位ですが、前例から考えますと準男爵になると思われます。ご学友が爵位を求められる場合は男爵になることが出来ます。領地でも構いません」
「そう伝えておく」
あの2人は権力は求めないだろうな……。
2人に恩賞で欲しい物を聞き、準備をさせる。
当日、恩賞の授与式を終えた後、俺は集まってくれた俺の派閥の当主達と会議をする。
ここにいるのは、俺の派閥に入っている貴族の中でも、信用している者達だ。
ムスビド等、国や領民ではなく、自己の利益を考えてどちらに付くか考えている奴は呼んでいない。
「まず、話を始める前に皆に礼を言う。俺の力が及ばず、苦労を掛けてしまったが、皆のおかげでクウザと対等な所まで戻ってくることが出来た。母上が軟禁された時に皆が支えてくれなければここまで来れなかった。感謝する」
俺は集まってくれた皆に感謝の気持ちを伝える。
「殿下、頭を上げてください。ここにいる者は皆、殿下にこの国を任せたいと思っております。殿下はご自身の力不足と仰いましたが、それは我々も同じです。ソフィア様があのような事をなされるとは信じられませんでしたが、疑いを晴らすことが出来ませんでした。殿下にはこれまで不自由な生活をさせてしまいました。誠に申し訳ありません」
フランベルグ伯爵が言い、皆が頭を下げる。
「頭を上げてくれ。あの件に関しては全てあの女と親父に責があると俺は考えている」
「ダイス様!お口が過ぎませんか…?」
「大丈夫だ。今回皆に集まってもらった本題にも繋がる事だが、第二王子派が強引な手段で王位を狙っていることで、国が荒れ始めている。母上の罪が無くなった事でさらに強引な手に出てくるだろう。親父にすぐにでも次の王位を決めるように進言したが聞いてはもらえなかった。保守的な考えだからだ。その結果罪のない国民が危険な目にあうのは見過ごせない。明日、同じ時間に会議を行う。今後について詳しく話をしたい。親父と敵対する可能性もある。それでも俺に付いてきてくれる者は来て欲しい。これは強制ではない。来なかったとしても悪いようにするつもりはもちろんない。来てくれた者は今以上に危険に晒されるだろう。その覚悟がある者だけ来て欲しい」
俺は頭を下げた後、席を立つ。
「覚悟を決めてくれた事、感謝する。負担を掛けるが、この恩は俺が王となった時に返させてもらう」
翌日、会議室に行くと、半数くらいが残ってくれていた。
「それは待ち遠しいですな。それでは殿下のお考えをお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ああ。まず、今回俺が事を急いでいる理由を説明する。一つは第二王子派が継承権争いに民を巻き込んでいること。もう一つが帝国と魔国の存在だ。魔国がどう動くかはわからないが、帝国は内乱にでもなればチャンスと見て迷わず攻めてくるだろう。そうさせない為に一刻も早く王位を確定させなければならない」
俺は皆の顔を見てから、話を続ける。
「俺は第二王子派に対抗すべく、強行手段に出るつもりでいる。もちろんあいつらのような卑劣な手段に出るつもりはないが、反発を買うだろう」
「覚悟は出来ております。お聞かせください」
「まず、悪事に関与した貴族は俺の名の下処刑とする。例外は認めない。罪を隠そうと買収された者も同様だ。証拠の有無に関係なくとは言わないが、証拠がなくとも限りなく黒に近いのならば軟禁し、罪を確定させる」
「それはあまりにも反感を買いませんか?」
「悪事をしなければいい。俺が間違って罪のない者を処刑しようとした場合はここにいる皆が止めてくれ。それに、俺は敵対派閥だけを処刑するつもりはない。これを機にこの国に蔓延る膿を吐き出させる。俺の派閥の貴族であったとしても例外にはしない。俺自身が悪の道に逸れたならば殺してくれて構わない」
「……殿下がそこまで言われるのであれば我々は何も言いません」
「苦労をかけるが頼む。もう一つ、俺が王となった時には敵対派閥に属している者の爵位を一つ下げ、合わせて領地も縮小させる。それによって空いた領地と爵位は俺の派閥に入って貢献した順に振り分ける」
これで保守的な者は中立になるかもしれない。
「それは流石にやりすぎです。それこそ暴動が起きてもおかしくありません」
「今回の継承権争いは弱肉強食だ。今はこちらが大人しくしていることをいいことに一方的に被害を被っている。向こうが殴り合いを求めるなら、徹底的に殴り返すだけだ」
「しかし、減衰した貴族の元に住む領民が苦しむことになりませんか?」
「国民がその不利益を被らないようには考える。今は一刻も早く王位を決めることを最優先として動かなければならない。俺の考えが飲めない者はここにいるか?………いないようだな。では今の話を他の貴族にも伝えないといけないな」
「殿下はお忙しいでしょう。私が代わりに指揮をとります」
フランベルグ伯爵が進言する。
「いいのか?危険だぞ?」
「誰かがやらなければいけないことです。ここは私にお任せください」
「……すまない。頼む」
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