【BL】陽だまりの足跡

七瀬川ひらぎ

日和

 襲ってくる眠気を抑えながら、ぼんやりとテレビ見つめる。目の前の画面に映し出されているのは仲睦まじい二人の男女の姿。

 この映画を見始めてから1時間ほど経ったのだが、そろそろ集中力が落ちてきてしまった。カーテンから差し込む日差しが温かく、ついうとうとしまう。

 目の前ではゆっくりと物語が進んでいくが、内容があまり頭に入ってこない。やはり自分に恋愛映画は向いていないのだろうか。



 レンタルショップで借りてきた新作のDVDと、手土産のシュークリームをぶら下げながら恋人の家を訪れたのは、つい1時間半前のことである。

 この映画は公開前から見たいと聞かされていたものだった。二人の男女が織りなすラブストーリー。人気の小説が元となっており、映画化が決まったときは各メディアで毎日のように取り上げられていた記憶がある。普段から流行に疎い自分ですら知っているくらいだ。相当力を入れていたのだろう。

 

 公開中も評判は上々で、まさに人気と呼ぶにふさわしい作品。映画の主題歌もコンビニやスーパーなど至るところで流されていた。

 しかし、不幸にも映画の公開期間がお互い忙しい時期と重なってしまったのだ。こちらが暇ならばあちらが忙しい。反対に、あちらの時間が空けばこちらが忙しい。そのような状況が続き、結局映画館で見ることは叶わなかった。


 「やっとDVDが出たみたいだよ、一緒に見よう!」と誘われたのは一昨日のことだ。

 本来であれば恋人がDVDを準備するはずだったのだが、さすが話題作といったところ。近所のレンタルショップでは昨晩すでに借りつくされており、一本も残っていなかったらしい。そのため予定を変更し、急遽こちらでDVDを借りることになった。


 午前10時。ほぼ開店時刻と同時に近所のレンタルショップに入ると、カラフルなポップで飾り付けられている棚が目に留まった。賑やかな棚の天井から吊り下げられたポップに見えるのは、「あの恋愛小説がついに映画化!」などと書かれた文字。きっとお目当てのものはそこにあるのだろう。

 

 棚に近づくと、予想通りのパッケージがずらりと並んでいた。主人公とヒロインが手をつなぎながら海辺を歩いている写真。そのほとんどは空だったが、ちょうど一本だけ残っていた。今日の運勢はなかなか良いようだ。DVDを手に取り、つい口元がほころんだ。


 無事に借りることができたという旨のメッセージを送り、次の目的地へと足を運ぶ。行先はこの近くの洋菓子店。最近開店したばかりのこの店は、近所からの評判も高い。もともとそこで手土産を買う予定だったのだ。

 

 開店からあまり時間が経っていないためか、店内に人は全くいなかった。ゆっくりとショーウィンドウを見渡し、どれにしようかと吟味する。季節のフルーツが乗せられたタルトに、つやつやのチョコレートがコーティングされたチョコレートケーキ。カスタードと生クリームが入ったシュークリームは、この店一番の人気だ。

 

 以前は甘いものにそこまで興味がなかったのだが、甘いもの好きの恋人の影響で少しずつ興味を持ち始めた。様々なケーキに彩られたショーウィンドウは見ているだけで楽しい気分にさせる。今度は恋人も連れてこよう。きっと喜んでくれるに違いない。

 その前に今日の手土産を買わなければ。以前苦手だと言っていたチョコレートを除けば、どれを選んでも問題ないだろう。だからこそ余計に迷ってしまうのだ。

 悩むこと十数分。最終的にカスタードプリンと迷ったが、結局シュークリームを買うことにした。



 こうしてDVDとシュークリームを片手に、恋人の家のインターフォンを押したのだ。

 予想通り、出迎えてくれた恋人にシュークリームの箱を渡すと嬉しそうに顔をほころばせた。目を細め、大事そうに箱を抱える姿は何だかかわいらしい。自分よりもひと回り大きいくせに。そんな恋人は、「DVDもありがとう。お茶いれてくるね。」と上機嫌でキッチンへと戻っていった。


「映画館で見るのもいいけれど、こうやって家で見るのも楽しいよね。」

 だって、二人きりだし。映画が始まって約10分。ニコニコしながらこちらを見つめてくるが、それを無視してシュークリームにかぶりつく。


 恋人がこのような言動をするのはいつものこと。本当、よく素でこんなことが言えるものだ。それにこの男に関しては天然なのか計算なのかよく分からないため、タチが悪い。嫌というわけではないのだが、どんな反応をしていいのかが分からないのだ。


 恋人はそんな自分を特に気にも留めず、「俺も食べようかな。」とシュークリームを手に取った。そこからは互いに映画に夢中になり、特に言葉も交わさなかった。

 そして、今に至る。



 そういえば、この作品が劇場で公開されていた時にはまだこのような関係ではなかった。ただの仲が良い友達という関係。そこまで昔の出来事でもないのに、どこか懐かしい。まさか、あれから恋人同士になろうとは。当時の自分に伝えても絶対に信じないだろう。人生なにがあるか分からない。



 物語は中盤に差し掛かった。パッケージにも描かれていた海辺のシーンだ。確か、予告版でもこのシーンが使われていた。主題歌をアレンジしたのだろう。楽しげな二人の様子に合わせた軽快な音楽が流れている。

 音楽につられ、段々と目も覚めてきた。眠いことに変わりはないが、先程よりは頭がすっきりしている。ところで、恋人は真剣に見ているのだろうか。


 ふと横を見ると、そこには気持ちよさそうに舟を漕ぐ恋人の姿があった。こくりこくりと緩やかに頭を揺らしている。道理で先程から静かなはずだ。そういえば、最近バイトやらサークルの歓迎会やらで忙しかったと言っていた。おまけにこの陽気だ。眠ってしまうのも無理はない。

 そこらにあったブランケットを肩にかけてやると、ふにゃふにゃとよくわからない寝言を発してきた。全く、どんな夢を見ているのやら。


 日曜日の午後。なんて平和なんだろう。これが幸せと呼ぶのかもしれない。肝心な恋人は夢の中にいるけれど。


 流れている映画をBGMに呑気な恋人の寝顔を見つめる。あと何回、このような時間を過ごせるのかは分からない。今は、もう少しこのままで。

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