第5話

 マイヤーは朝宿を出ると冒険者ギルドに顔を出した。受付でギルドマスターとの面会を申し入れると少ししてから奥の執務室に案内される。


「おい、びっくりしたぜ。お前さんあの例のパーティのメンバーだろ?」


 部屋に入るなり挨拶もそこそこにマイヤーに話かけてきたこの街の冒険者ギルドのギルドマスターをしているダニー。改めて挨拶をしてからソファに座ると自分たちの行程を説明した後で


「そういう訳で王都に帰る途中なんだよ。今日は自由行動でね。他のメンバーは街の中をブラブラとしてると思うよ。それで俺だけが挨拶に来たのさ」


 マイヤーがそう言うと、


「お前さん1人で十分だよ。未来の国王陛下がここにいたらどんな口調で話かけたらいいか。いや助かったぜ」


 心底助かったという表情をするギルマスのダニー。


「ところで」


 とマイヤーはこの街の話をし出した。黙って聞いていたギルマスはマイヤーの話が終わると、


「街道を歩いていると木が1本も生えてない禿山ばかりの場所に来る。誰が見てもわかる、ここがコリング領だってな。そして皆思うのさ。おい、ありゃ何だ?やり過ぎじゃないのかよってな」


「そこまでわかってるなら手を打てないのか? 街道近くまで魔獣が徘徊してるし」


 マイヤーが思っていたことを言うとギルマスは顔をしかめ、街の周囲というかあの禿山の周囲に魔獣が徘徊するのは領主も知ってるさ。だからこのギルドは1年中街道の魔獣討伐のクエストが発生してるんだよと言う。事前にホロで聞いた通りの状況だ。


「街道の魔獣討伐クエストは領主が依頼主だ。報酬の取りっぱぐれはないがな」


 そう言ってから


「木工ギルドには行ったか?」


 とマイヤーに聞いてきた。


「この後行くつもりだ」


 そう言うと


「木工ギルドに行きゃあわかるだろうが、あの木を切ってるのは木工ギルドじゃない。領主の意を受けた領外から集めた労働者達さ」


「なんだって?」


 マイヤーがびっくりして聞き返すとギルマスのダニーが言うには元々は木工ギルドに依頼が来た。ギルドとしては当然ながら間伐前提での伐採を開始したが領主からそれだと数量が少ないとクレームが来たらしい。


「木工ギルドとしちゃあ間伐しないと洪水や治水上で問題あるって領主に言ったんだがな聞く耳持たずで最後は話し合いは物別れになったのさ」


 それで?と先を促すマイヤー。


「木工ギルドが手伝ってくれないのなら仕方がないってことで領主は領外から大勢の木樵を集めて山の木を切り始めたのさ。そして商人の馬車を山裾に待たせて切った木を次から次に馬車に積んでは出ていく。つまりあの木はこの街に一切入らず山から直接出荷されてるだよ」


「じゃあ街にはその金は還元されてないってことじゃないか」


「その通り。ただ領主もバカじゃない。街の整備や美化にはそれなりに金をかけてる。おかげで住民からは不満の声は出ない」


 ギルマスの話を聞いてマイヤーはいくら領民から不満はないと言ってもそのやり方はないだろうと思っていた。


 彼もレスリーと同行しはじめてから自然のあるべき姿ということについて以前以上に関心を持っている。レスリーの様に自然を見る力はないがそれでもやってはいけないことが何かとは十分に理解できるほどになっていた。


 明日ここを出てラウダーに向かう予定だと話をしてからギルドを出たマイヤーは市内を歩いて木工ギルドを見つけるとそこに近づいていく。ギルドの横にある製材所を見てみるとそこにあるのは切り出した普通の材ばかりでギルマスが言っていた様に山に生えている木々は置いてなかった。


「冒険者が何の用だい?」


 製材所を見ている精霊士の格好のマイヤーを見つけた職員の1人が声をかけてきた。その声がする方に体を向けると、


「他所からこの街に来たんだけどさ。山が禿山になってたから大量の木材が積まれてるのかと見にきたんだよ」


 そう言うとその職員の表情が厳しいものに変わったのを見たマイヤーは続けて、


「実は親父が田舎で木樵をしててさ、小さい頃によく言われたんだよ。木は切ったら植える。切るときも考えて切るもんだってね。そう言われてたのにここの山は全てをバッサリと切っている。あれじゃあ山が可哀想だ、何か訳があるんだろうかって」


 と用意していた架空の話をする。

 

 マイヤーの言葉を聞いていた職人はなるほど親父さんが木樵かよ、それじゃあそう言う疑問も持つのも当然だと表情を緩めると立っているマイヤーに近づき、


「お前の親父さんが言っていたのは全て正しい。山の木を切るときは間伐と言って間隔を開けて切り、そして切ったら植林する。そうしてやると山はいつまでも生きていくもんさ。だがなここは違うんだよ」


 そう言って職員が話だしたのは冒険者ギルドで聞いた話と同じだった。黙って聞いているマイヤーは職員の話が終わると、


「そりゃまずいんじゃないの?」


「当たり前だろう?うちのギルドマスターが何度も領主と掛け合ってくれたが聞く耳持たずだ。今じゃあ木工ギルドと領主とは没交渉さ」


 そう言ってからそのうちに大雨が降ると鉄砲水が出てこの街の辺り一面が水浸しになるぜ、農作物も大きな被害を受けるだろうと言う。


「そこまでわかってるのにそれでも木を切るのか」


「山で木を切ってる他所から来てる木樵連中だって本当はこんなことをしちゃいけないってわかってる。わかってるが金のためにやってるのと自分の住んでいる街じゃないからさ。何もわかってないのは領主だけだ」


 そう言う木工ギルド職員は諦めた表情で


「失礼な言い方になるが大雨で大きな被害でも出てくれりゃあ領主も目が覚めるだろうがな。それ以外じゃ周りが何を言ってもまず無理だろう」


 そう言うと製材所の中を見るのは構わないが勝手に機械や製品には触れるなよと言ってギルドの建物の中に消えていった。


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