闇夜の花

パスカル

第1話 鏡花の行方

樋口一葉の報告では、満身創痍の芥川を海上から辛うじて回収できた。ということだけだった。

それでは、鏡花は?


樋口の話では、鏡花は武装探偵社に捕らわれた際にポートマフィアの情報を漏らした可能性があるのだという。

ただ、芥川は樋口にも自身の動向を詳細には伝えていなかったようで、芥川の意識が回復しない限り、その内容を確かめるすべもなかった。


「部下を信頼できない上司が、部下から信用されるはずがねぇんだよな」

報告書を片手に、中也が独り言のようにつぶやく。


「芥川の異能の威力は確かにすごいが、上司として部下をまとめ上げる器量が圧倒的に足りていない。太宰の教育がクソだったんだな。かわいそうに」


数枚の報告書を机に半ば放り投げ、中也はめんどくさそうに言葉を吐いていく。


「この件で、首領ボスは樋口をずいぶんと追い込んでたそうです。その上、黒蜥蜴まで脅しをかけていた…樋口もとんだとばっちりだが、チームとしての機能が果たされていない以上、ここで灸をすえるのも仕方がないですね」


「そうよのう…」


報告書を指先で手繰り寄せ、見るともなしに字面に視線を落とす。


「広津が追い打ちかけるとはね。日頃からよほど、腹に据えかねていたんでしょうね…って、姐さん?」

「ん?」

「なにしてるんっすか?」

「ん?」


中也は無言でこちらの手元を指さしている。

改めて手元の書類に目を落とすと、ありきたりな「書類さかさま」状態だった。


「…すまん」


言い訳をする気にもならず、書類を置いて、眉間を指で押さえる。


「姐さん。…この報告書には書かれていないが。もう一つ情報がある」

「なんじゃ?」

「鏡花は、武装探偵社にいる。そしてずいぶんと、歓迎されているそうですよ」

中也の顔を見上げる。

机の向こう側に立つ彼は、こちらの顔を見てから、少しばかりのため息をついた。


「俺は、この件を首領に報告するつもりです」

「待ちや」

「いや、姐さん。…これはもう、ごまかしのきかないところにきている。」

「鏡花はわっちが取り戻す。お前が報告を上げる前に」


言い終わらぬうちに、彼の手がこちらの左手を取った。


「だめですよ。姐さん」

異能を、封じるように。中也は強くその手を握る。


「俺の口を封じたところで、首領の耳にこの話が届くのは時間の問題です。そして、この件に関しては独断専行は許されない。人虎の件もある。今、武装探偵社がらみで、…しかも幹部である、紅葉の姐さんが単独で行動することは、首領は決して許さない」


中也が「紅葉の姐さん」と呼ぶとき。それは、こちらを「ポートマフィアの幹部」として強調するときに使う癖だ。


「姐さんならわかっているでしょう?」


かつては、わっちの子飼いだったくせに。

それでも、お前の言っていることが、きっと正しい。


「手を離しや。…痛い」

「…すみません」


中也はそういうと、握っていた手を離しつつ、もう片方の手を添えて、優しく下におろしてくれる。


お前は優しい男になったものじゃの。


その言葉は、胸の奥にしまった。

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