第10話 一日目終了

「夕方五時……そろそろ行くか」


 左腕につけた時計を見て確認する。この時計は、アサーガの城で和田君に貰ったのだ。

 ……そう、実は和田君に貰っておいたものが二つある。時計と携帯電話だ。あと、俺の住まいも彼が準備してくれている。


 アサーガ警察に捕まった時、警官が何やら話していた。てっきり通信端末だと思っていたのだが、なんと、現代日本でもありふれた携帯電話だった。いいなぁと思っていたら、和田君がくれた。流石は国王。メーカーは全く知らない会社だったが、充電器もセットで、ジーピーエスも付いている。それを、うらやましそうにヴィータは眺めていた。


「俺、これから和田く……国王に貰った賃貸アパートに行くんだけど、ヴィータはどうする?」


「えぇ! タッチー、家をもらったですか!?」


 俺の話を聞いてヴィータは腰を抜かしていた。

 多分、安い集合住宅だと思うけど。最悪、風呂とトイレがあれば別にいいかな。


「わたしも行くですー。いいんですか?」


 行き倒れるくらいだから、予想はしていた。行く当てもないだろう。

 これは決して少女と一つ屋根の下、何かしてやろうという気はない。……いや、正直に言う。最初はあった! ありました! だけど、俺の半身がトリになっていて、総排泄腔とかいうヤツになって。肉体的にも精神的にもそれ所ではなくなった。


 それにこの娘は竜人だ。ラクリマを探す鍵になるし、竜だから強い! ……多分。


「行く当てがないならウチに来なよ」


「タッチー、淋しいんですね」


「違うわッ」


 エンゲル係数は心配である。でも、実は和田君には結構な額の大金を頂いているから、大丈夫かな?


 そろそろ、新居の手配も終わっているだろうか。俺は携帯電話を取り出してみる。すると新着メッセージが来ていたので開いてみれば……和田君からだ。グッドタイミング。数分前にメールが届いていたらしい。

 俺とヴィータは、本文に記載された住所へと向かった。




 到着したのはアサーガの町の中心地から少し離れた所だ。

 人だかりが出来ていて、人間やら亜人やらがせめぎ合っていた。その中を掻き分けるようにして進んでいく。たまに聞こえる「あ、キメラマンだ」という台詞が俺の心を酷く傷つけた。


「はぁ~、立派なお家やね。セレブか石油王でも住んでるのか?」


 目に入ったのは絢爛豪華けんらんごうかな住宅だ。かなりの敷地面積である。庭の芝生は青々と茂り、綺麗に管理されている事が窺える。

 この世界に石油があるかは知らない。だけどきっとあるだろう。


 さて、俺の賃貸アパートはどこかな?

 住所によれば、この辺の筈なんだけど。うん……住所が間違っている。きっと、そう。


「送られてきた住所が違うようだ」


「ふぇ、ここで合ってますよー?」


 携帯電話の画面を覗いて見ていたヴィータが言う。

 そんなバカなと思いつつ、俺は再度ジーピーエスを確認してみた。矢印は前方の邸宅を指し示している。今俺が居る場所を示すアイコンと、住所が一致していた。


 豪邸やないか!


 え、賃貸じゃないの!?

 ……っていうか部屋、何部屋あんの! うわ、門番居る!!


 勝手に賃貸だと思い込んでいた。アパートとかマンションとか。一軒家は想像すらしていなかった。

 俺が戦々恐々せんせんきょうきょうとしていると門番、というか守衛しゅえいと目が合った。アサーガ警察と似た服装をしている。警察なのか、兵隊なのかはわからない。

 そいつは俺の存在に気付くと口を開けて、大声で伝令を出す。


『国王様のご友人がご帰宅されたぞーッ!!』


『全員、敬礼!!』


 何これ!? 恥ずかしいからやめて!?


 一列に並んだガードマン達は、タイミングの揃った敬礼を見せつけた。

 どよどよと、周囲が喧騒に包まれていく。更なる町民達が集まってきていた。公開処刑といっても過言ではない。


「お帰りなさいませ!!」


 守衛の一人が俺の元へ走り寄ってきて、頭を下げた。それから丁重に両手で、家のカギを渡してくる。


「本日から! タチバナ様の! 警備にあたらせていただき――」


「あ、ちょ、ちょっと、恥ずかしいから家の中でさ……」


 顔が熱い。物凄い精神的ダメージだ。俺は守衛を制すると、せめて家の中で挨拶してくれ、と頼む。


 恐らく和田君は富豪の生活が続いたせいで、金銭感覚がおかしくなったのだ。

 ただ、今から新しい住居を、となると……金も迷惑も掛かる。せっかく用意してくれたわけだし。だが、羞恥心で心と体が今にもパージしそうだ。


「間取りどうなってんねん……」


 俺の口からポロリと独り言が漏れた。その言葉を聞き逃さず、守衛は直立してから答える。


「ハッ! 9LDK+Sです!!」


 いや、うるさいねん!! 一々声量を上げんでも、ちゃんと聞こえてんねん。

 9Lって何? 何、プラスエスって。


 適当な理由をつけて、門番はやめさせようと決めた。

 人払いをして、そそくさと庭を抜ける。その後ろを数人のウォリアーがついて来ていた。まるでドラクエのようだ。ただし、冒険一日目にしてこんなに偏ったパーティメンバーが増えるロールプレイングゲームを俺は知らない。


 一人暮らしでこの広さは困る。尤も、ヴィータも住むなら二人暮らしだ。だがそれでも確実に持て余すだろう。

 屋内に入った俺は、守衛らを説得した。和田君にも連絡を入れて、何とか平常を取り戻せそうだった。


 家の中は……部屋数が異様に多い、二階建ての木造住宅だ。玄関を開けると広いエントランスというかホールみたいになっていた。そこから各部屋に続いているみたい。俺はトイレと風呂の場所を確認しておく。


 そういや、俺ってトイレはどうするんだろう。……小便する穴が無いんだけど。


 それから、掃除とか炊事はどうしようか。最低限のスキルはあるけど。ヴィータも居るなら当番制? ……ええい、面倒くさい。一回寝よう!


 楽しそうに家の中を見て回るヴィータに別れを告げ、俺はさっさと寝る事にした。まだ早いが、仮眠を取ってから起きてきて、色々やればいいか。


 ありがたい事に、あらかじめ家具などはそろえられていた。リビングは共用スペースとして、一人一部屋ずつ使える。特段困ることはないだろう。


 異世界一日目、こんな筈じゃない出来事がいっぱいあった。思い出したくない。だけど、これから向き合っていかなければならない。


 短時間で色々な事があり過ぎたせいか、横になったとほぼ同時、俺は意識を失った。

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