4話(2)

「一つ目の質問です。今回の事件が起きた時間は、放課後。皆さんは教室に偶々残っていて、リーズの怒声を聞いて廊下に出てみた。間違いありませんか?」

「「「「「…………」」」」」


 最初の問いが始まり、5人はやけに緊張しつつペンを走らせる。

 なんてことはない質問のはずなのに、持つ手は時々震えていて。イエスかノーかを返すだけなのに、全員が書き終えるまで二十秒くらいかかった。


「「「「「…………」」」」」

「皆さん、記入が済んだようですね。紙をこちらに向けてください」


 そう促されて紙がこちらを向くと、現れたのは『はい』『そうです』『間違いありません』『はい』『そうです』。肯定が5つ並んだ。


「…………では、二つ目の質問です。その後皆さんはあまりの剣幕に不安を覚え、それぞれが現場に足を向けた。そして着いて間に入ろうとしていたら、リーズの怒りが爆発。止めようとしたものの間に合わず、マリー・レーヴァさんを突き落としてしまった。間違い、ありませんね?」

『はい』『そうです』『間違いありません』『はい』『そうです』


 また二十秒くらいかかって、同様の返事があった。


「…………それでは、三つ目。突き落としたリーズは皆さんに対してとある言葉を放って立ち去り、その後皆さんはマリー・レーヴァさんを介抱したそうですね? こちらが全て事実かどうかについてと、リーズが何と言い放ったのかをお書きください」

「「「「「…………」」」」」


 5人はさっきよりも軽快にペンを走らせ、全員がスムーズに『イエス』と『口外したら殿下が放ってはおかないわよ』と回答した。

 私が言ったとされる台詞は真実味を持たせる大事な部分だから、しっかり打ち合わせをしていた。やけに余裕があったのは、こういうことみたい。


「ディオン殿。見事に一致しましたな」

「彼女達が嘘を吐いていない――俺の言葉はまことで、リーズの言葉は言い訳だった。もう瞭然でしょう?」

「その可能性が高くなりましたが、質問はあと一つ残っています。すぐに終わりますので、もう少しだけお付き合いください」


 穏やかに右の人差し指を立てて、兄様の視線が5人がいる方向に向いた。

 あと一つなら、ディオン兄様はこれで決めるつもり。何を出すんだろ……?


「最後の質問です。マリー・レーヴァさんを介抱された、そう仰られましたが。彼女は階段のどの辺りで、どのような体勢で倒れており、どのような様子だったのでしょうか? 多くなってしまい申し訳ありませんが、全てに関してご記入をお願いします」

「「「「「……………………」」」」」


 5人の右手は、動かない。全員がゴクリと唾液を飲み込んで、消えていた緊張感が一気に戻ってきた。


「「「「「……………………」」」」」

「? どうされたのですか? 実際に介抱されているのですから、書き記すのは簡単なことですよね?」

「「「「「……………………」」」」」

「おっ、お前達どうしたんだ! ディオン殿の御命令だぞ! 全員正しく思い出して、早く書け!」

「「「「「…………は、はい……。承知致しました……」」」」」


 額に球の汗が浮かぶようになっていた5人は、国王に一喝されてようやく手を動かし始める。

 だけどのその手は何度も止まって、なかなか進まない。途中でフィルマンが改めて指示を出しても記入のペースは上がらず、全員が書き終わったのはなんと5分以上経った頃だった。


「お疲れ様でした。……それでは皆様、回答の発表をお願いします」

「「「「「………………」」」」」

「お互いを見合って、どうされたのですか? 公開をお願いします」

「「「「「………………っ。は、はい……っ」」」」」


 残りの4人が、同じ内容を書いてありますように――。恐らくそんなことを願っていた彼女達は、震える手で怖々紙を反転させた。



『倒れていたのは、踊り場。レーヴァさんはうつ伏せになっていて、苦しそうに呻いていた』

『階段のすぐ下、踊り場で倒れていました。倒れているレーヴァさんは横向けになっていて、身体を丸めて苦しんでいた』

『踊り場まで転がっていました。レーヴァさんはうつ伏せで蹲り、苦悶の声を漏らしていました』

『場所は、踊り場です。レーヴァさんは身体を横に向けていて、両手で右足を押さえて苦しんでいました』

『階段を転がったレーヴァさんは、踊り場で止まりました。その際の衝撃で気を失っていて、うつ伏せのまま動きませんでした』



 5人が答えた内容は、不一致。倒れていた場所は同じなものの、それ以降は誰一人として揃っている人がいなかった。

 全員が、同じ光景を目にしていたはずなのに――。

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