第1話 駄菓子屋、そして事件発生
よく晴れたとある春の日。俺は近所の駄菓子屋へとやって来ていた。
今日は休日で学校は休み。家にいてもただ暇を持て余すだけなのでこうして足を運んできたという訳だ。
店先のベンチに座ってアイスを頬張る。甘い味わいと冷たい食感が口いっぱいに広がり、ゆっくりと溶けていく。やはりアイスは至高の食べ物であり、どの季節に食べても飽きない魅力がある。
そんな風に浸っていると、隣に座っていた一人の少年が嬉しそうに声を上げた。
「やった当たりじゃん! 今日はいいことあるかも~」
茶髪で、身長は高校生の平均より少し低め。童顔でなかなかの美少年だが、性格が捻くれているため今までモテたことは一度もない。
「ほら見てみろよ
見せびらかすようにアイスの当たり棒を俺の顔の前で振ってくる奏介。
ほんといい性格してやがるな、こいつは……。
だがそんな俺の胸の内を知らずかまだ続けてくる。いい加減鬱陶しい。
「いいだろ~。しかもお前の結構好きなアイスだぜ」
「へー、すげーな。どれ、ちょっと見せてくれよ」
そうして俺は奏介から当たり棒を受け取ると、躊躇なく真っ二つに折り捨てた。
「あぁぁぁ、折角の当たり棒があぁぁあ! ……なんで折ったんだよ⁉」
「なんかムカついたから」
「そんな理由で折るなよ! ああ、当たったの三か月ぶりくらいだったのに……」
両手両膝をつき地面に落ちた当たり棒を儚げに見つめる奏介。「うう」と悔しそうに嘆いている。
「どうしたんだい?」
すると店奥から駄菓子屋のおばちゃんがやって来た。
「いやこいつが折角の当たり棒をうっかり自分で折っちゃたらしくて」
「あんたに折られたんだよ!」
睨むような視線が俺に送られる。たかが当たり棒如きで……って折ったのは他の誰でもない俺なのでここは素直に謝っておこう。
奏介、お前の絶望した顔が見たかっただけなんだ、悪い。
そんな風に心の中で悪意百パーセントの謝罪をしていると、おばちゃんは奏介の肩にポンと優しく手を置いた。
「大丈夫やで、交換したげる」
「え、ほんと、マジで⁉」
「ああ、ばあちゃんに二言はない」
「やった! おばちゃん大好き!」
先ほどまでとは一転、奏介は気分上々に飛び跳ねる。
そして新たなアイスを求めておばちゃんと共に店奥へと消えていった。
そうして一人残された俺は手に持っていたアイスの棒を口に加え直しながら、ふと空を見上げる。何もかも吸い込んでしまうような群青の空に、わたあめのような白い雲があちらこちらに浮かんでいる。現在の太陽の位置からするに今はだいたい午後三時くらいだろうか。何だか折角の休日を無為に過ごしている気がしてならない。もっとこう刺激のある日常を送りたいが、しかしこんな田舎ではそれも難しいことだろう。
……自分が変われば何か変化があるのだろうか。
そんなことをぼんやりと思っていると、向こうの道から誰かが走ってやって来るのが見えた。
「……
走っていたのは俺たちの通っている学校の先生である
年齢は若く二十代前半。柔和な目元に整った鼻孔。後ろで結んだ紫よりの黒髪が肩でウェーブを描く。その容姿は間違いなく彼女が美人である証なのだが、普段は気だるげな雰囲気を纏っているのでどこか残念系な美人なのである。
だが今の皐月ちゃんを見るに何だか慌てているように思える。
と視線が合い、皐月ちゃんがこちらへと近づいてきた。
「
俺の名前を呼ぶその声は少し息切れしている。
「どうしたんですか、皐月ちゃん?」
「皐月ちゃん言わない。……って今はそんな事よくて」
「ああすみません、つい。それでどうしたんですか?」
「うん、実は――」
そうして俺は皐月ちゃんがなぜ慌てているのか、その理由を聞くのだった。
「——という訳なの」
「だからあんなに慌てて……」
先生の話によるとどうやら飼っていた猫が逃げ出したらしく、今その猫を探している最中とのことだった。
「うん。洗濯終わって少し経ってから、そう言えば窓開けたままだなってのに気づいて、そしてそれから家中見て回ったんだけどどこにもヤマトの姿がなくて……。それで十分くらい前から探してるの」
ヤマト、それが先生の飼っている猫の名前。
「因みに聞きますけど、その猫って黒猫でしたっけ?」
「ん、キジトラだよ? なんで?」
何もかも間違っているようなそのネーミングにクエスチョンマークが浮かんでくるが、今はまあ敢えてツッコまないでおこう。
「分かりました、俺も一緒に手伝います」
「ほんと⁉ ありがと、助かる~。じゃあもし見つけたら連絡ちょうだいね。それじゃ」
そう言い残して皐月ちゃんは駆け足で去っていった。
それと入れ替わるようにして奏介がアイスを口いっぱいに頬張りながら戻ってくる。
「ん、今の皐月先生? ……どしたの、何かあったの?」
不思議そうに首を傾げ俺にその答えを求める奏介。
そんな彼に俺はただ一言、こう告げるのだった。
「ああ、事件発生だ」
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